先輩と後輩と後輩と、そして
まぁ、こんなご時世だから当然のようにこと
ワイヤレスイヤホンをスマホに繋いで、後はとても簡単。面倒臭いので頻繁に掛けてくる面子を一つのグループにまとめ、自分は通話を掛けたまま放置。退屈になった人が通話に参加すれば、それで通話が始まる。
そんな状態でこの三日程は過ごしているが、これが以外と都合がいい。一人が好きとはいえ、まともに会話のできる相手と少しは関わりを持ってないと流石に息が詰まる。
それはそれとして休みばかりの日々は、正直、これまで積んでいた大量の本を消化できるので、ありがたいことこの上なしだった。
『先輩!! 暇なんですけどー。やること何もなくて、本当に本当に暇なんですけどー』
ぶつっと乱入して来たのは後輩こと、
「確かに、お前とかって暇してそうだなぁ」
『先輩は何してんですか』
「別に。本読んでるだけ」
『あぁ、なるほど。でもそんなに本って読めます?』
「たまに疑問なんだが、本つっても同じ本読んでる訳じゃねぇぞ?」
『いや、分かってますけど』
「それならいいんだが」
『…………』
「…………」
『先輩!!』
「うるっせぇなぁ」
『そりゃうるさくもなりますよ! こうして通話しているんですから、会話をしてくださいよ!』
「えぇ……」
『え、なんで私が酷いワガママ言っているような感じになってるんですか!? 酷くないですか』
「はいはい。って言っても俺は別になにもないよ。話すこともないし」
『――あ、そうだ。先輩ってこんな噂聞いたことあります? 去年、不良だった先輩三人をボッコボコにした人がいるらしいんですよね」
「ああ、それ俺だよ」
『まぁそんな漫画みたいな人いないと思うんですけど。――って、え?」
「いやだから、それ俺」
『あははははっ!! そんな訳ないじゃないですか。先輩喧嘩とか弱そうですし』
「人なんてよほど鍛えてない限りは、骨くらい折れるよ。人間、硬いところがあるからそこで急所を突けば割とボキッと」
『あははは、漫画の読みすぎですよ。そんなのありえないって』
「漫画はあんまり読んでないなぁ」
『じゃあラノベの読み過ぎ』
「それはあんまり否定できないかもなぁ」
『まぁまぁともかく。えぇ、でも珍しいですね、先輩がそんな冗談を言うなんて』
「……まぁ、お前がそう思うならそれでいいや。で、お前本当に何も用とかないの?」
『ないですよ』
「友達とか、いないの?」
『いるわ!! 先輩よりも多いです!』
「知ってる。でも誘われたりとかしないのか? ほら十秒以内に返さないとハブられるみたいな」
『ないですよ。そこまで人に依存なんてしないですし。みんな各々の時間とか大事にしてますし。何か余程のことがない限り、人は人に依存なんてしないでしょ』
「今は余程じゃないのか?」
『世界的にはそうですけど、個人的には全然ですよね。なんかこう、みんなピンチだから同じようにしておこうみたいな。だから意外とふらりと外に出たりする人もいますし。私としても学校休みになってラッキーって、そんな感じです』
「どれだけ沢山の人が感染しても、どんな有名人が感染しても結局、誰も感染していない人、の方が多いからね。やっぱり未だ他人事の人が多い」
『当たり前さ。人はどこまで逝っても楽観的なんだ。自分は大丈夫。自分だけは大丈夫なんて思っている。そして自分が被害者になったなら一体誰のせいだと喚き、周りからは自己責任だと嗤われる。当事者になるまでは他人事なのさ』
突然の乱入者。とは言え俺の通話に入る人など一人しかいない。先輩、
『「っ」』
二つの驚き。俺としては、こうしてごく普通に会話に入ってくることに驚き、後輩はきっとその存在そのものに驚いたのだろう。
『やぁ、きっとこうして直接言葉を交わすのは初めてかな。初めまして、私が流星香だ』
『……はじめまして』
『さて、先程の話の続きだが、君達はどう思う? 今回の騒動。もっと正確に言えば、今回の騒動による人心の動きってやつの方だが』
「そうですね。結局、人間なんてこんなもの、って感じですかね」
『くくっ、随分と悲観的だね。君らしいっちゃ君らしいが。その心は?』
「みんなワガママなんですよ。そして自分は正しいと思っている。今の非常事態もきっと誰かのせいだと思っている。改善されない状態なのは誰かが悪いからだと思っている。だけど現実は違います。誰もかもみんな程々に悪いんですよ。なのに自分は潔癖だと思っているから余計にタチが悪い。でも、そのタチの悪さが、人間が繁栄している理由でもある。なんせ被害者は弱るか死ぬかしてますからね。被害者達を尻目にタチの悪い連中が生き延びてあれこれと事実を捻じ曲げて生きていく」
『それだけ聞くと最悪の生き物ですね人間って。なんていうか、そうは思いたくないです』
「そう、それ。それが人間らしさだよ」
『……は?』
『ほぅ』
「嫌なところを信じない。見てみぬふりをする。どんな生き物も結構そういうことをしているけれど、人間は意識的にしている。意図的に。それは心があって、その心を崩さない為に」
『先輩、要約してください』
「生き汚い故に人間が生きてきた。今回の一件、地球が人を減らす為に送り込んだ刺客なんて話があるけれど、人間はそれすらも乗り越えてしまうだろうね」
『つまり、どうせ人間はまたいつもの日常に戻る、ということだ』
『あの、その、先輩方って、いつもそんな話してるんですか? なんていうか、そんな堅苦しい話を』
おずおずと愛はそう言う。言われて自分と先輩の会話が少し普通ではないことに気付く。だがまぁ、しかし会話というのは相手によって内容が異なるものだ。『天才』相手とすればむしろそのくらいが妥当だろう、とも思う。
『堅苦しいと思うか、真面目と思うか、或いは遊びだと思うかは人それぞれさ。野球の話だって未経験者が語るものとプロが語るものでは内容も違うだろう? 所詮、私達子供がそんなことを言ったところで、何も変わらないさ』
『まぁ、そうですけど』
『さて、と。そうだそうだ。少し用事を思い出したんだった。私はこれで終わりとするよ』
『あー。そういえば、私もそうでした。用事があったんでした』
「……いや、お前さっき用事ないって言ってたでしょ」
『今思い出したんです』
「あっそ」
ぶつと、二人の会話は切れ、それきりだった。こちらも通話を切って、ふぅと息を吐く。疲れや緊張はないが、息を吐きたい気分だったのだ。
がちゃり、と控えめに扉が開かれる。
「
「終わったよ」
痩せ細った肢体に、白い肌、体に残る生々しい傷跡。虐待と虐めそれも暴力に偏った一方的なものだ。見るだけで痛々しいそれも見慣れてしまえばどうってことない。
するするとこちらに近付き瞬きをしている間にベッドに潜り込み、ぎゅっと密着してくる。
「兄の匂い……」
すぅ、と吸い込み、そしてそのまますぅすぅと寝息を立て始める。
「十時間くらいゲームしてたもんな。そりゃ睡眠不足になるわな」
はぁ、と溜息を吐いて妹を起こさないように、なるべく動かないようにする。もともと本は手の届く場所においてあるし飲み物やお菓子も同じく。つまりはいつも通りだ。
「……ゆっくり眠れよ、雨」
「ん……」
寝言のような、返事のような、そんな声を小さく漏らし、それっきりだ。
それっきりだ。
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