先輩と先輩

「だから、そんなんじゃないってば」

 はぁ、と私、萩原はぎわらあいは溜息を吐く。

 場所は某ハンバーガーショップの二階。私や連れと同じように学校帰りの学生で溢れ、騒々しいいつもの空気だ。

 どうにもこうにもあがた先輩は何も考えていないようで、余計なことを考えている節がある。

 その結果がコレか、と思うと溜息は無限に出続けてしまう。気のせいであって欲しいが、頭が痛くなって来た気もする。

「えー、本当にあの先輩と付き合ってたりとかしないの?」

 私の溜息を無視して、再度同じことを聞くのは中学の頃からの友人、小川おがわ千佳ちかだ。親友というよりは悪友の方が的確な関係の表現だろう。

 ただ千佳は、少し恋愛脳と呼ばれるような類の思考の持ち方で、人が二人以上いればすぐに恋愛感情と結びつけようとする厄介な性格の持ち主なのだ。

 まぁとはいえそんな賑やかな空気を私は嫌いじゃないし、それに落ち込んでいる時は何も言わずに気遣ってくれたりする良いやつだ。

「当たり前でしょ。時間潰し、時間潰し。私の家、パパもママも帰ってくるのが遅いから」

「いやさ、でもさ、ほいさ、じゃあなんで毎週金曜日にだけ会いに行くの? こう逢引き的な何かじゃなくて?」

「きょうび逢引きって言葉選び、どうなの。それ以外の日は部活とか遊びに行ったりしてるの、今日みたいに。それに……」

「それに?」

「あの先輩を好きになる人はいないでしょ。ほら、『天才』がいるから」

「ああ……、確かに」

 と、出したくなかった蔑称あだなを出して、それでようやく話に決着を付けることができた。

 『天才』――ながれ星香せいか

 県先輩の所属する名称不詳の部活動の部長であり、成績優秀運動神経抜群の高校の顔であり、そして学校一の問題児。そのどれもが、あの『天才』を表す正しいものであり、間違ったものでもある。

 何でもできる。非の打ち所がない。そういう人間が傍にいると意識させられ続ける。自分とは違い完璧な姿を見せ付けられ続ける。それが一体どれだけの地獄か。

 人は劣等感に敏感だ。だから優秀な人間を流先輩を私達を含めた学校の人達は『天才』と呼んでいる。あの人は特別で特殊だ、と。何事にも例外はあって、流先輩はその例外で、だから劣等感を覚える必要はない、と言い訳をする為に。

「あの『天才』が唯一、相手。どんな人間かと思えば、冴えない有り触れた人。……でも、まぁ県先輩は先輩で異様な感じだけど」

「でも千佳がそう思っているのは私が県先輩の話をしたから。私の偏見に影響されてる」

「うん、それは分かってる。普通の人は、県先輩もまた何か特殊な人間だと思っている。特別な『天才』が認めた、特別な相手」

 学校において県先輩の評価は、そういうものだ。特別が選んだ特別だと。

 きっと何かがある。何かを隠している、と。噂半分、期待も半分で皆はそう信じている。

 ところが当の先輩は全くそんなことはない普通の人間――と少なくとも私は思っている――だ。

 だが、だからこそ噂は加速していると言ってもいい。あまりにも普通過ぎて、あまりにもありふれた人間過ぎるせいで、先輩には怪しさが常に漂っているのだ。

 だから先輩もまた『天才』と同じように、蔑称あだなはなくとも例外――異種族のような認識とされている。異種族に恋愛感情を抱くのは難しい。これはそういう話だ。

「……あれ? じゃあさ、愛は先輩を普通って思ってるんでしょ。じゃあ、恋愛感情を抱く可能性ってあるんじゃ?」

「それを言うなら千佳も同じだけど」

「なるほど」

 と、三度みたび話が決着した。のだが。

「じゃあ話は戻るけど、どうして毎週金曜日に先輩の元に行くの?」

「だから言ってるでしょ。暇だから、だよ。或いは動物園に行くようなもの。それだけ」

「うん、何度も聞いた。だけど、やっぱり私はそれを理解できない。人間と人間がいたら、恋があるでしょう?」

「ない」

「そんな身も蓋もない……。じゃあ、愛は県先輩のことどう思ってるの?」

「観察対象。あの『天才』と常日頃接していて、あの人はなんら変化を起こしていない。……気になるでしょ?」

 例えばだが、『天才』のクラスはほぼ必然的に瓦解する。理由は『天才』が『天才』だからだ。彼女から得る劣等感を他にぶつける。それがクラスの不和に繋がり、そして崩壊する。イジメが起こり、嫌がらせが起こり、学校に来ない者が現れる。

 理屈の根源を辿れば、その先では玉座に佇む『天才』がいる。

 ならば他にぶつけなければという話なのだが、そういう訳にもいかない。

 例えば『天才』の何かを隠したとしよう。上履きやカバン、なんでもいい。そうして『天才』を困らせようと画策したとしよう。ところがかの『天才』はいともあっさりと犯人を見つけ出す。何の反応も示すことなく、張本人の元へと直接、自らの完全な推理を聞かせる。

 では嫌がらせがダメならば直接的な暴力をしようとしよう。『天才』とはいえ、所詮はただの女性だ。複数人で掛かれば――と思うが、しかしそうもいかない。

 なぜなら彼女は運動神経も良い。近接戦闘術CQCをゲームで理解したらしい彼女には、並大抵の人間は敵わない。

 悪意だろうが善意だろうが、彼女には何も敵わない。だから周りを攻撃する。

 まずは彼女に親しい人間を。だから彼女には友達はいない。――県先輩を除いて。

 だから恐らく、県先輩は『天才』の影響によって何らかの被害を受けているはずだ。だというのに彼の人間性は、少なくとも私が知っている限り何の変化がない。だから、私はそれに興味があるだけだ。

 普遍のまま不変である理由。それが知りたい。私があの人に抱いているのはただの知的好奇心だ。

「好奇心、ね」

 と、意味ありげに千佳は言う。

「何、その間は」

「別にぃ?」

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