第十二回
「過去の実績は誇っていいものだと俺は思うぞ」
「……それは未練がましくないか?」
「あのっ! あたし、百瀬さんが引退って聞いた時は凄く……悲しくて、ご飯も喉が通らなくて、泣いてばっかりでした。でも活動休止って知った時は嬉しかったんです。またいつか、百瀬さんの演技が見られるんだって思ったから」
「赤城さん……」
「それで、シュゴレンジャーを見た時の衝撃と同じくらい……ううん、それ以上に夢を与えてもらったんです」
「夢を……?」
「はい。あたし、レッドになりたいんです。スーパー戦隊シリーズの。それで今は女優を目指しています」
オーディションの時よりも落ち着いてる。でもドキドキが止まらない。憧れの人にあたしの想いを全て伝えられるから。
「一番最初にシュゴレッドに憧れて、俳優ってお仕事を知って、その後は百瀬さんをずっと見てきました。シュゴレンジャーはもちろん大好きですけど、なにより百瀬さんの演技が大好きなんです。脇役でもひとつひとつの台詞が丁寧で、力強くて、深みがあって、お芝居が好きなんだなって伝わってくるんです。あたし、レッドになりたいって夢を一度は諦めたのに、また夢を追いかけたいって思えたのは百瀬さんのお蔭なんですよ。引退じゃなくて活動休止ってことは、休んだらまた戻ってきてくれるんだって、諦めないってことなんだと思えたんです。あたし、今オーディションにたくさん受けてて、全然合格出来なくて……。挫けそうになったら百瀬さんの出演してる作品を見て元気をもらって諦めないで頑張ってます! だから百瀬さんも諦めないでほしいです!」
一気に思いの丈をぶつけて、百瀬さんは始めはあっけらかんとしていたけど、段々と真剣な眼差しで黙って聞いてくれた。
「どうだ? お前にはこんな熱狂的なファンがいるんだぞ。今のを聞いてもまだウジウジ悩んでるか?」
「……いえ、身に余る言葉を頂いて圧倒されてしまって……ありがとう、赤城さん」
「やっ、いえ……ただ自分が思ってることを言っただけですので!」
お礼を言われると照れくさくて、でも伝えられたことが嬉しくて、感激して胸がいっぱいになる。
百瀬さんも悩んでる。引退じゃなかったとしても活動休止するくらい深刻に。あたしの言葉でどうこう出来ることじゃないと思うけど、少しでも励ましになるならいいな。
「赤城さんはレッドになりたいんだね」
「はい! 勇気や希望を与えられる、カッコいいレッドに!」
「そっか。確かにレッドはカッコいいよね。そう思ってくれている赤城さんに言うのはちょっと恥ずかしいんだけど……実は僕は、ピンクが好きでね」
「ピンクって……スーパー戦隊のピンクってことですか?」
肯定するのが恥ずかしいのか明確にそうだとは言わず、はにかんで話を続ける。
「子供の頃から桃色が好きなんだ。優しい色だなって思って」
そう言えば百瀬さん、ピンクのエプロンだ。本当にピンクが好きなんだなあ。優しい百瀬さんに優しい色のピンク、似合ってる。
「でもね、世間は桃色は女の子の色ってイメージがあるから、今まで親と青木さんにしか言ったことがないんだ。多分、赤城さんがレッドに憧れるのと似てるかな」
「歴作を見てもレッドは男性しかやってませんしね」
もしかして青木さん、あたしと百瀬さんが似たようなことで悩んでるって思って、それで連れてきてくれたのかな?
「赤城さん」
「は、はい!」
「赤城さんの名前は?」
「赤城 萌です」
「赤く燃える。とてもレッドらしい名前じゃないか。レッドはいつまでも諦めない心の持ち主だよ。だから女優の道、頑張って。応援しているよ」
「……っ! あ、ありがとうございます!」
「僕も休んで初心にかえるよ」
憧れの人に直接会えて、一緒に食事をして、あたしの想いを伝えられて、鼓舞してもらえて、あたしはなんて幸せ者なんだろう……。
百瀬さんの実家に行ってから数週間後、あたしはまたオーディションを受けた。やっぱりまた落ちてしまったけどあたしは諦めない。レッドは諦めない心の持ち主だから、何度だって挑戦してやるんだから!
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