第九回
あたしはスーパー戦隊のレッドになる為にどうすればいいか考えて、親にも学校の先生にも相談して、女優業を目指すことを決心した。
スーパー戦隊になる為に女優を目指すなんて雲をつかむような話だと笑われたし、そんな人は聞いたことがないとも言われた。
あたしは雲をつかみたいんじゃない。誰かになりたいんじゃない。あたしはあたしが考えて、あたしの夢を叶えたいだけ。
ネットでオーディションをやっている事務所を探していくつか受けてみた。受からないのは想定内。女優をやるからには前提として演技が出来ないといけない。夜に通信で演技指導をしてもらえることなった。台詞をはっきり発音したり表現力を身に着ける為にボイストレーニングに通ったり、体を思うように動かしたりリズム感を得る為にダンス教室にも。あたしは出来うる限りの努力を重ねた。
「赤城」
「海人、おはよう」
「おはよう。昨日も遅くまで勉強してたのか?」
「うん。やれることはやらないと」
「ちゃんと休んでるのか?」
「息抜きにシュゴレンジャー観たり、百瀬さんの雑誌読んだりしてるよ」
「それいつものことだろ」
「それがあたしの一番の癒やしだから」
「……ハァ」
笑顔であっても明らかに疲れた顔をしているのは鏡を見れば一目瞭然だった。目にはクマができていて、体は引き締まったのもあるけど確実に痩せていた。
それだけ努力をしてオーディションを受けても中々受からなかった。
「やっぱり社会は厳しいね〜そう簡単に合格させてくれないみたい」
「まあそう簡単にはいかないだろうな」
「エキストラで百瀬さんに助けてもらう役をもらえたから、ちょっとはあたしの才能を認めてもらえてるかな〜と思ってたんだけど」
「エキストラって偶然だったんだろ。才能も何も無いだろーよ」
「え〜! じゃあ……もしかして顔で選ばれたとか!?」
「…………」
海人は無言で呆れた顔をしていた。
あたしは少しでも可能性を信じたい。これだけ努力してるんだから、どこか一つでもあたしを認めてくれる所を見つけたい。そう考えて学校の帰りや休日に、芸能人がスカウトされやすいと噂される都会を練り歩いてみた。
女優じゃなくて、モデルも良いよね。モデルが女優業やることだってあるもん。体引き締まってるし、顔もまあそこそこだと思うし。あとは愛嬌さえあればどうにかなるよきっと!
「そこのキミ」
「えっ? あ、はい」
声を掛けられて振り返った先にはスーツを着てきちっと髪をオールバックにセットした二十代男性がいた。
も、もしかしてこれって!
「キミ可愛いね。モデルとか興味ない?」
「あ、あります!」
「うち、こういうのやってるんだけど」
渡されたのはきらびやかな名刺とパンフレットで、一通り目を通してみる。
へえ〜本当にスカウトなんてあるんだ。スカウトされた人の写真とコメントが書いてある。他にもどういうことやってるか事業内容も。
「じゃあここで立ち話しもなんだから事務所に行こっか。すぐ近くだから」
「はい!」
優しい笑みを浮かべるスーツの男性についていくと、全然知らない道に入っていく。今後来た時に迷わないようにと建物を見て覚えておこうと周囲を見回した時、後ろから駆け足が聞こえてきた。男性が走って向かってくる。
「ぎゃああーー!! 痴漢だああああ!!」
そう叫びながらやってきたのはフードを被った海人だった。
「走れ!」
「ええ!?」
海人に腕をつかまれて、その勢いに圧されてその場をあとにした。
スーツの男性は海人の勢いに驚いたのか追って来ない。
思い切り走って人がいる大通りまで来るとつかまれた腕は解放される。
「もうっ! 海人なに!?」
「なにって、お前が変なヤツについてったのを見かけたから助けたんだろ?」
「変なヤツって、あの人あたしをスカウトしてきたんだよ? 早く戻らないと」
「バカ! スカウトって、アレなんのスカウトかわかってんのかよ!」
海人の口振りやまた腕をつかまれると苛立ちを感じ、つい強めに振り払ってしまう。
「なんのってモデルのでしょ!」
「ヤバイ方のな」
「ヤバイ方って……なに?」
「だからヤバイやつだって。少なくとも赤城が思ってるようなモデルじゃない」
「なんでそんなことわかるの?」
「普通はいきなり事務所に連れ込もうとしない。やましいことが無いなら人が多くいる場所で話したって問題ないはずだ。中に入ってから変なヤツだってわかっても助けを呼べないし、逃げられなくなる」
『変なヤツ』『ヤバイモデル』そんな単語の意味を深くはわからない。だけどなんとなく話を聞いていると背筋がぞわぞわとして危機感を覚えてきた。
「仮にちゃんとした会社でれっきとしたスカウトだったとしても、まずは親に相談しろよ。モデルになるなんて重大な決断を二つ返事でするもんじゃないぜ?」
「…………冷静に考えたら……そうかも。ごめん、海人」
怒りの感情が次第に萎んできて、悲しいやら情けないなどの感情が育っていく。俯いて、それらの感情を抑えようとぎゅっと目を瞑った。
そんなあたしを見るに見かねたのか、海人はふっと笑ってあたしの頭にぽんと手を置いてきた。
「助けたんだから、ごめんよりありがとうの方がいい」
顔を上げると微笑む海人が目の前にいて、あたしは目を丸くしながら、反射的に「ありがとう」と呟いていた。
ーー海人って、こんなに優しく笑えるんだ……。
幼馴染みのちょっとした変化に気が付いて、なんだかそれが照れくさくて、また俯いてしまうのはまともに見れなくなったせいだ。
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