第八回
百瀬さんの引退記事を見てからすっかり気分が落ち込んでしまった。
もう百瀬さんが出てるテレビとかショーとか見れないだ……。
「あたしはあと何を見て生きてけばいいの〜……」
「やっぱ百瀬 白椏のことで落ち込んでんのか」
机に突っ伏していると顔を上げなくてもわかる声に少しだけ安心する。これは幼馴染みの声だ。
「当たり前でしょ〜……はあああ……」
「…………。……『そんな風に溜息ばかりでは何も変わらない。変えられやしない。未来を切り拓くのは』」
「……『キミの勇気なんだ』……って、海人、このセリフ、もしかして……」
ゆっくりと顔を上げると、頭をかいてわかりやすく照れて赤面している海人がいた。
「おっ、お前が会う度にシュゴレンジャーだのシュゴレッドだの言ってるから、オレも時々、その……たまに、見てる……DVDレンタルして」
「……ライダーで育った海人が?」
「ライダーは最高にカッコイイから今期も見てる。スーパー戦隊シリーズは、まあ……ほぼ初めてかもしれないけど」
「ああありがとう海人〜〜っ!」
「お、おおうっ」
幼馴染みの手を握ってぶんぶんと上下に振る。あまりの嬉しさに目頭が熱い。
一方的に布教してて良かった〜〜!! 布教が実った感動ヤバイ!!
「少しは元気になったか?」
「なったなった! ありがとね!」
「……まあ赤城にとってはショックでかいよな」
「そう! そうなの! 百瀬さんが今後見れないって思うと胸がリアルに張り裂けそうで〜」
「怖いこと言うなよ」
学校ではこうして海人が話してくれる。笑い話にしてくれて凄くありがたい。
でも、家に帰るとやっぱりどうしたって考えてしまう。シュゴレンジャーのDVDが全巻揃った棚、シュゴレンジャーのグッズ、フィギュア、百瀬さんのインタビュー記事や雑誌の山。そういうあたしの夢と希望で詰まった思い出が、家にはたくさん溢れていて。
「……ダメだよ。昨日も、散々……、泣いたのに……っ」
本当に、本当に悲しい。まるで初恋が終わってしまったみたいだった。
思う存分泣いて、それからすすり泣いて、夕暮れを見たらまた泣けてきて。お腹が空いたら都合良く泣き止んだ。
夕飯はテレビを見ながら食べていて、いつものようにリモコンを操作し適当にニュースチャンネルをつけた。その画面のテロップを見た瞬間、茶碗と箸を持ったまま慌ただしくテレビに駆け寄り食い入るように凝視する。テロップには『俳優 百瀬 白椏の引退はインタビュアーの早とちり?』とある。
「はあっ!? どういうこと!? もっと詳しく!!」
落ち着いて食べなさいと母親から叱られて着席するが、落ち着いてなどいられなかった。
ニュースはテロップの通り百瀬さんの引退について流れる。新しい情報は、百瀬さんは引退ではなく無期限活動休止ということらしい。インタビュアーが百瀬さんの応答に対して早とちりをし、引退であると公表してしまったということだった。ニュースは短いものだったが、その後に百瀬さんのブログを見ると同じ内容が更新されていた。それに百瀬さんの気持ちも加えられている。芸能活動を休んで今までやれなかった自分だけの時間を過ごしたいと。
「引退も活動休止もあんまり変わらないじゃないねえ」
「変わるよ! だって活動休止は、復帰する可能性があるってことだから!」
引退じゃなかった! 百瀬さん、この前会った時に最後って言ってたからドキッとしたしスゴく悲しかったけど、こうやってギリギリで希望を残してくれるんだ。
シュゴレンジャーは地球防衛軍を題材としていたからか、地球の破滅の危機など大規模な回がいくつかあった。そんな時は百瀬さんの役である盾付 護が名台詞を言って、キーキャラクターたちを奮い立たせて力を合わせて解決する。
ヒヤヒヤする回ばかりだけど、そこがいつも神懸かっていて、大好きで、いつも勇気や希望をもらえた。
百瀬さん……お仕事お疲れ様です。ゆっくり休んで、ご自身の好きなことをして過ごして下さい。あたしは……また貴方から、勇気と希望、夢をもらいました。
忘れかけていた、諦めていた夢。それはレッドになること。スーパー戦隊のレッドになりたかった。子供の頃からの夢。百瀬さんが与えてくれた夢。そして今、また百瀬さんから受け取った夢。
「あたし、やっぱりレッドになりたい!」
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