第七回
「あたし……はあ~……もうヤバいしか言葉出ない。というか足痛い」
本当に転んで足を捻ったようだ。ゆっくりと撮影所を出て、近くの喫茶店に寄ることにした。席についてカフェオレを頼む。
「夢みたい……足痛いけどこの痛さは夢だよ」
「夢じゃないさ」
隣のカウンター席に座った人に声を掛けられた。とても聞き覚えのある声で。
「えっ、あの、えっえっ? あの、もしかして、本物……ですか?」
「さっきも会っただろう? 本物だよ」
サングラスを掛けていて顔は認識しづらいが、この声は絶対にそうじゃないかと疑う。サングラスを上げて頭に乗せると、ソレは確信に変わった。
「百瀬さん!? うわっヤバイッ!!」
「さっきはどうもありがとう」
助けてくれたヒーローは百瀬さんだった。正確にはシュゴレッド。
お礼を言いたいのはこちらの方だ。
「どうしてこんなところにいるんですか……?」
「僕の撮影はあのシーンだけだからね。先輩レッドから今の若いレッドに活を入れるっていう」
「成る程……」
十七年も前のスーパー戦隊のレッドなんて大先輩だ。それは確かに気合いが入る。シュゴレンジャーは当時人気だった為、今回は台詞ありのゲストとして選ばれたらしい。
「シュゴレンジャーのレッドを演ってたんだけど、まだ高校生位だろうし、女の子だから知らないかな」
「知ってます! あたし、シュゴレンジャー大好きなんです!」
咄嗟に返した。
それなのに百瀬さんはあまり驚いていない。むしろ納得しているような表情をしている。
「やっぱりキミか」
「え?」
「僕のトークショーによく来てくれる女子高生。エキストラ登録のプロフィールにはスーパー戦隊が好きで、特にシュゴレンジャーが好きって書いてあったから。エキストラ事務所の人に教えてもらったんだ」
「そ、そう、なんですか」
もう訳がわからない。夢だと思っていたのに、更に夢のようなことが起きている。隣に百瀬さん本人が座っているなんて。
カフェオレと、百瀬さんにはブラックのコーヒーが届いた。沈黙が落ち着かず、熱々のカフェオレをちびちびと飲んでいく。
「驚いたよ。まさか女子高生がシュゴレンジャーのファンだなんて。しかも僕のイベントによく顔を出すってことは、自惚れてもいいのかなって思ったんだ」
「……あたし、兄のビデオを観てシュゴレンジャーを知ったんです。シュゴレッドが大好きでした。少し間は空きましたけど、シュゴレッドの百瀬さんのことを知りたくて、インタビューの載ってる雑誌も全部買って、百瀬さんが出てるドラマも全部観て、会いたくてトークショーにも行きました。百瀬さんがすっっっごく大好きなんです!」
思いの丈を全てぶつけた。夢なら全部言わないと。夢なのにこんなに緊張して、震えて、スッキリした気分になる。
百瀬は満面の笑みで応えてくれる。
「こんなに想ってくれるファンがいて嬉しいよ。最後の俳優生活に出会えて良かった」
「え?」
「それじゃあ、マネージャーを待たせているから行くよ。ありがとう」
一気にコーヒーを飲み終えて、百瀬さんは喫茶店を出ていった。
数日後、新聞や雑誌に百瀬さんが俳優を引退したと記載されていた。
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