第63話-「絶対、帰って来いよ」③

 空港からの帰り道、中野の運転で町まで戻る。


 すっかり涙は枯れ果てて、それでもまだ流れようとしている。でもこんな様子じゃ優月に笑われるな。なんて写真と手紙を握りしめて思う。


 自分ができないことはよくわかった。そして自分が女一人救えない、弱い人間だということも実感した。でもここで立ち止まるわけにはいかない。


 ならば俺はどうしたらいい。篤は袖で雑に目頭を擦って考える。

 しかし結果はもう出ていた。


 昔から変わらない、けれど昔とは違う確かな意識。頭の悪い篤には難しいことなんかできないのだ。そうなると一つしかない。


 篤は握った拳に目線を落とす。

 そう、俺は強くなりたい。全てを自分の力で……守りたい。


 優月は暴力をふるうことでしか埋められない胸の穴を本当の意味で埋めてくれたんだ。ならば俺もそれに報いたいし、仮に優月に対して何かできなくても、あいつからもらった大切なこの想いをただ思い出にするだけなんて自分にはできない。


 だから、


「――中野……さん。頼みたいことがあるんだ」


 一歩ずつだけど踏み出していきたい、と篤は思っていた。


 中野は驚き、バックミラーで俯く篤を見た。


「ど、どうしたんですか? 急に改まって……」

「いや、長い闘いになると思うんだけどよ。どうしても教えてほしいことがあるんだ」

「少林寺拳法の型ですか? それとも合気道の」

「いや、違う。そうじゃない」

「では……?」

「俺が教えてほしいのは――」


 不思議がる中野に篤は笑って顔を上げる。自分が言おうとしていることが突拍子もない、今までの自分では考えられないようなことだと自覚していたからだ。


 けど、ここからがスタートだ。恥なんか気にしていられない。

 涙の痕がくっきりと線になる顔で、かえって清々しいくらいな気持ちでいよう。じゃないと優月に笑われる。あいつも強くなろうとしているんだ。ならば俺だって、もっと強くなりたい。


 篤がそう決意して言葉を紡ぐと中野は目を見開いた。そして優しく微笑む。


「あなたは本当に……。いいですよ。そういうことなら私は容赦しませんがよろしいですか?」

「もちろんだ。それくらいの気持ちでいてもらった方がありがたい。俺だってそのつもりでやる」

「わかりました。では、さっそく今日から始めましょう」


 中野が笑ってアクセルを踏む。自動車と並行するように飛行機が遠い彼方へ飛び出した。


 それはひとつの期間を終えて、次に向かうための真っ白なスタートライン。

 飛行機が割いた雲の切れ目から太陽が新しい道しるべを照らす。忘れもしない冬のラストページ。

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