第58話-「あなたにしかできないのです!」②
教えられた通りの電車に飛び込み、空港を目指す。
乗った直後は落ち着かず、ラッシュ時を終えて閑散とした車両をあっちこっちへ移動していた篤だったが、観念して座席についた。
斜陽が全面に入り込み、その眩さに目を細める。
篤は思っていた。優月があっちでも勝てるように、またここに戻ってこれるように、勇気づけて送り出してやろう。そして笑顔で日本を発てるように……。
初めて優月に出会った昼休みを思い出す。
相原優月は最初から不敵に笑っていた。
普通なら恐れられ、倦厭され、相手にされない早乙女篤に果敢に挑み、そして笑顔のまま屈服させた。大した女だよ、と篤は笑う。
当然、そんな優月を篤は煙たがり、一ヶ月だけの我慢だと堪えることを決めた。
それがいつからだろう。篤は優月が行ってしまうのがこんなにも辛いと自覚している。
そう、優月の存在は篤にとって、それほどかけがえのないものとなっていた。
――それは、なぜだ?
ふいに篤は疑問を抱く。なぜ優月が去るのがこんなにも辛いのだろう、と。
母親のことがフラッシュバックするからだろうか。
いや、それならばもっと違う。ドス黒い感情が沸き上がってくるはずだ。
では試合などの恩が返せていないと思っているのだろうか。
違う。そうだとしたら、辛いというより、むしろ後悔だ。
じゃあなんだ? この忌々しい痛みは。
自問自答を繰り返し、思考が感情に追いつかなくなったところで篤はため息をつく。
そういえば竜也は自分の正直な気持ちを、と言っていた。
正直な気持ちというのは、今この胸を支配している理解できない感情なのだろうが、それが何なのか篤は未だにわかっていない。
心の霧はいっこうに晴れず、篤は一息つこうとバッグからペットボトルを取り出す。そこで轟から受け取った優月の手紙があることを思い出した。
篤は手紙を手にとって、おもむろに封を開く。
そして……息をのんだ。
一読して、もう一度読み直して、瞼を閉じる。
「ああ……そういうことか……。そういうことなのか……。なんで今まで気付かなかったんだ……俺は……」
胸に拗らせていた感情がすうっと静まって、瞳を開け放つ。
視界はやけに潤んでいた。
周りのすべてがぼやけて見えるように、溢れた感情が世界を覆っていく。
篤は手紙をそのままくしゃりと握り、震える拳と動悸を懸命に抑えようとする。
しかし、それはとどまる事を知らなかった。
篤はやっと気が付いたのだ。自分の正直な心に。
そして……相原優月のことを自分がどう想っているかということに。
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