第21話-「やよいはね、おほしさまになるの」⑤
「――あっくんとゆづちゃんはカップルさんなんだよね?」
篤と戯れた後にも優月が本を読み聞かせ、いくらか時間が経ったところで優月は「飲み物買ってくるね」と篤を病室に残して出て行った。そんな時に弥生が問う。
「まあそうだけど……。小一のくせに、よくそんな言葉知ってるな」
「しってるよ。ゆづちゃんがおしえてくれたから。ほかにも『にくしょくけい』とか『ひるドラ』とか『ツンデレ』とかしってる」
あいつはガキ相手にいったい何を話してるんだ。と呆れ顔が全面に出ている篤を覗きこみながら、弥生は興味津々に続ける。
「ねえねえ、カップルさんってどんなことするの?」
その質問は相手が間違ってるだろ。竜也でも連れてくるべきだったかと篤は思うが、
「えー……学校から一緒に帰ったり……とかかな」
とりあえず思いあたる優月との関係を言ってみせた。むしろこれくらいしか無い。
すると弥生は小さな体躯をより小さくして、弱く息を吐く。
「いいなあ……。やよいね、まだがっこういったことないんだぁ」
弥生は一度目を逸らす。その瞳の先には、まだ箱から出されていない新品のランドセルがあった。
「やよいもこうこうせいになって、あっくんみたいなかれしがほしいなあ」
「そっか……。でもよ、心配しなくたって大丈夫だろ。弥生もそのうち学校行ってさ、中学とか高校生くらいになれば誰かから好きになられて――」
なにかを求めるように視線を合わせてくる弥生が無視できず、篤としてはかなり気の利いたことを言ったつもりだった。
だが、
「ううん。ちがうの。やよいはちゅうがくせいにもこうこうせいにもならないんだよ」
「……どうしてだよ?」
力なく、どこか大人びた様子で首を横に振る弥生に、篤は思った疑問をそのまま投げかけてしまった。そして、次の言葉に篤はそれを後悔する。
なぜなら、弥生は当然のように言ったのだ。隠したり冗談染みた言い方でないぶん、それは余計に信憑性を増していた。
「やよいはね、そのまえにおほしさまになっちゃうから」
「え……、それって……」
「やよいはね、おほしさまになるの」
弥生の目線はなんの汚れもなく、篤に対して一心にあてられる。さすがに鈍い篤にも、その言葉の示している意味はわかった。
「いつも、そこにいるの。ランドセルのよこに、まっくろのふくをきたひとが。よるになると、いっしょにおほしさまになろうっていうの。だからもうすぐなの」
「んな……」
篤は凍る背筋をそのままに肩ごしに振り返る。当然そこには誰もいるはずがない。
「いや、ほら。そんなやついねえって。な?」
それでも弥生は首を縦には振らなかった。そして言う。
「これはあっくんとやよいだけのヒミツだよ。まだだれにもいってないから」
「え? な……、なんで俺に?」
「うん。それはね、さっきたかいたかいしてくれたからだよ。うれしかったんだあ。やよい、パパいないからさ。たかいたかいしてくれるひとはとってもおひさしぶりだったの」
健気に笑う弥生に篤は「そ、そっか」と一生懸命笑顔を作りだし、帰ってきた優月ともう少し遊んでから、部屋を出た。
去り際に「また来るから元気にしてろよ」と言ったのは篤自身も気付いていない。
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