第18話-「やよいはね、おほしさまになるの」②

「――ねえ、ちょっと……待って……お願い」

「いや、待たない。というかなんで来たんだよ」

「だって……少しでも応援というか……」

「完全にお荷物じゃねえか」

「そんなのわかってるもん。……んぁっ、無理っ! ちょっとストップー!」


 月曜朝。早朝ランニングになぜか優月が付いてきた。というより『今朝のランニング一緒に行くから。五時五十分にジム前だよね』なんて一方的にメールが届いて、定刻通りにそいつはスポーツウェアで現れた。

 どうやら昨日ジムに来た際に篤のトレーニングスケジュールを入手していたらしい。


 体力ゲージが底をついた優月に呆れてため息を吐き、仕方なく通りかかった公園のベンチに腰を下ろす。木製のベンチは朝露でじっとりと冷たい。なんたって暦はもう霜月に入ったのだ。


「明日からは自転車で来よう」

「だから来るな」


 そんな会話をしながら篤は優月のぐったりした横顔を見つめる。

 淡く煌めいた汗が結露のようにきめ細かい肌に滲み、薄白い朝日に照らされた優月はどこか違う世界の神聖なものなのではないかと思う篤だった。


 優月は大きく深呼吸すると立ち上がる。


「ということで、今日はこれくらいにしようかなっ! あたし家帰ってシャワー浴びるね」

「おう。じゃあ病院まで軽く走るか?」

「一緒に来てくれるの?」

「まあ……ランニングのついでだ」

「ふふ、正直にあたしと少しでも長くいたいって言ってくれてもいいんだよ?」

「じゃあやっぱり俺はこのまままっすぐ帰――」

「うそ! ごめんっ! 一緒に来てよぉ! あ、でも走るのはちょっと勘弁。行きは歩きにしてくれない?」

「……ったく、しょうがねえなあ」

「うはぁ! 篤、嬉しい!」

「バカ! くっつくんじゃねえ!」


 パシン、とデコピンを放つが優月はもう慣れたらしく、いつも通り額を擦りながら篤の腕にまとわりついて阿呆みたいに笑っている。


 相原病院までの道のりをそんな調子で歩いていると、すれ違った早起きの老人たちに「若いねえ」だの「いいわねぇ」だの微笑まれ、その度に優月は嬉しそうに「どうもー」なんて会釈を繰り返す。篤はこっ恥ずかしくて、いつのまにか早足になっていた。


「――そうだ。今日の放課後のことなんだけど」


 病院の直前で優月が思い出したように人差し指を立てた。


「篤を紹介したい人がいるから一緒に病院に行くわよ」

「は? なんだそりゃ? でも俺は練習があるから」


 篤が常套手段で面倒事を切り抜けようとすると、優月はしたり顔で得意げに笑う。


「篤、今日は練習休みよね?」


 篤は虚を突かれたように一瞬固まった。


「休みよね?」


 二度問い詰められて目を逸らす。


「なんでそのことを……?」

「叔父さまから聞いたのよ。だから暇よね?」

「けど、自主練が」

「少しは休ませてやってくれって頼まれたのよ。休むのも立派なトレーニングだって言ってたわ。さすが元チャンピオンは言うことが違うわね!」

「あのクソおやじ……」


 優月は完全勝利とでもいうように、いたずらな笑顔で八重歯を光らせる。


「というわけで、今日はあたしに付き合ってもらうから。じゃあまた後で、学校でね!」


 なんて軽快に手を振り去っていく優月の後ろ姿を篤は口を引きつらせた渋い顔で見送ることしかできなかった。

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