第17話-「やよいはね、おほしさまになるの」①
一週目は優月の希望通り毎日一緒に帰った。適当に会話を重ねて、いつもの道を並んで帰る。別れ際になると寂しそうな顔をする優月を見かねて、篤は相原病院まで送ってやったりもしていた。優月の家は病院のすぐ裏らしい。
唯一、金曜日に「友達付き合いも大事だから!」とクラスの女連中と出かけて行く優月の後ろ姿を篤はぼんやり眺めた。それを憐れむように笑う竜也の脇腹に重たい一発がねじこまれたのは言うまでもない。
だがこれで月曜日までは優月から解放されて、一心不乱にボクシングに撃ちこめる。
晴れやかな気持ちで土曜日の練習をストイックにこなし、日曜も同じように気合を入れて臨んでいたのだが……そうもいかなかった。
優月がジムにやってきたのだ。
元王者である叔父に指導を仰ぎながらミット撃ちをしている最中、やたらジムの入口がうるさいと目を向けると、なぜか屈強な男達の間から優月が満面の笑みで手をふっていた。
上機嫌なスキップでリングの下に歩み寄り、私服アピールをする優月。
白が基調のゆったりとしたニットワンピースの袖を掴み、くるりとワンターン。御団子頭を括る青い髪留めが優しく光り、全体的に柔らかい見立てがはっきりとして端整な顔立ちの優月と相まって、本当にぴったりの恰好だった。しかもニットの裾からブーツまでの生脚が普段の制服とはまた違って艶めかしい。
思わずよく分からない方向に逸れた気を引き締め直そうと再びステップを踏むが、「どちらさんだい?」と尋ねる叔父に、優月が「篤の彼女です」なんて打ち明けてしまったがために大混乱。
叔父は驚きと嬉しさ全開といった顔で優月を歓迎し、先輩ボクサーたちはなんの怨みかわからないが、篤に対して立て続けにスパーリングを強要し、休憩に入った時にはスタミナが底を尽きていた。
もはや優月に「なにしに来たんだ!」と怒鳴りつける体力さえ無い。
確かさっき大学生の先輩と拳を交えた時には「羨ましいんだよ、チクショー!」と腹に一発食らった。何がだよ、と思いつつパイプ椅子に崩れ込む。
優月はそんな篤を愉快そうに眺め、手作りだというレモンのハチミツ漬けを篤の口に放りこみながら、楽しそうに笑っていた。
「ねえ、篤見てよ。あの立浪誠也のサインよ! もらっちゃった!」
なんて自分の叔父のサインを見せつけられてもなんとも思わないが、悪い気はしない。まあ気になる事としてはサインの右隅に『篤をよろしく』なんて余計に気を利かせたようなことが書いてある。なんとも寛容な叔父らしい振る舞いだった。
休憩を終えて、また練習。優月がいると集中できないから帰らせようとしたがそれを阻止する叔父はじめ、兄弟子たちにより断念。優月はジム内のあちこちで可愛がられながら、ちゃっかりスパーリング体験までこなし、夕方には満足しきった表情で帰っていった。
「あれは良い嫁になる。よかったな篤!」なんて豪快に笑う叔父の横で篤は疲れた身体を落ちつかせながら、優月特製のハチミツレモンをほおばる。
美味い、疲れの取れる味だ。なんて素直に思ってしまうことを自覚して、思いっきり頬を叩きまた立ち上がる。でも不思議なことに同じ空間に彼女がいることはそれほど嫌ではなかったのだ。まあそれは練習に集中していたからかもしれないが……。
そんな疑念を抱えつつ、優月との生活は二週目を迎える。
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