第15話-「最後の晩餐を食べにきたの」②

「さて、まずは相手をよく知ることから始めないといけないわね」


 校門を出てすぐ優月は呟いた。


「相手を知る?」

「そう! 昨日も話したけど、あたしたちってまだお互いのこと全然知らないでしょ。だから色々と聞きたいことを質問し合っていって――って、ちょっと待った」


 篤は声の方に振り向く。つい数秒前まで隣にいた優月は三歩分くらい後ろで顔をしかめていた。


「なにやってんだ。早く来いよ」


 言うと優月は呆れて眉間に皺を寄せる。


「ねえ、ねえねえねえ。ちょっとおかしくない?」

「なにが?」

「なにが? じゃないわよ。あたし置いてきぼりなんだけど」

「それはおまえが歩くのが遅いからだろ」

「はぁ…………。篤、よく聞いて。百歩譲ってあたしが遅いってことにしても、篤も早すぎる。それに男子と女子じゃ歩幅だって違うの」


 そうなのか、と疑問符を頭に浮かべながら篤は自分より短い優月の足を一瞥、確かにと肯いた。それを優月は不服そうに睨んでいる。


「だからレディーと歩くときは隣を気にかけて。それにあたしのこともちゃんと名前で呼んでよ」


 そういえば竜也も以前、同じように語っていたことを思い出す。男たるもの女子の歩幅に合わせろだの、車道側に立てだの、レディーファーストが基本だの。そういう細かい所が大切なのだと熱弁していた。


 だが、そんなこと篤にとっては本当にどうでも良いことだ。むしろなぜこちらが気を遣わなければいけないのだろうかと納得できないくらいだった。


「……いちいち面倒くせえな。わかったよ、優月」

「なにその気だるそうな言い方。でも名前で呼んでくれたから良しとするか」


 優月はやれやれといったように首を振ると、突然閃いたような顔をする。


「そうだ! 面倒くさくない方法思いついたんだけど、知りたい?」

「なんだよ?」

「それはね……こうするのっ!」


 言うと優月は素早く、空いていた篤の右腕を抱きしめる。


「んだっ、てめぇ、なにすんだ!!」

「こうしてぴったりくっついてれば歩幅気にしなくも大丈夫でしょ?」

「そりゃいくらなんでも無理矢理ってもんで――ってか離せっ!」

「てめえって言ったから、罰としてしばらく離してあげませんっ!」


 篤は必死に振り払おうとするが、優月の事を考えると力尽くというわけにもいかず、そのままだらしなく腕を下げた。優月がぎゅっと抑え込んでいる右腕は暖かくて、なにやら柔らかいものが肘下あたりに触れている。これ以上そこに集中すると頭の中にある回線がショートしてしまう気がして、篤は諦めて話題を変えた。


「そういえばさっき、なに話そうとしてたんだよ」


 こっ恥ずかしそうに頭を掻く篤の横顔を優月はいたずらに見つめて言葉を送り出す。


「だからー、お互いのことをもっと良く知るために気になることを質問し合おうって話。まあやってみるのが手っ取り早いわね」


 優月は篤の腕をがっちりキープしたまま、人差し指を口元で突き立てた。


「じゃあ、まずあたしからね。篤は学校から家近いの? それとも電車?」


 篤は聞かれるがままに返す。


「俺ん家は駅と反対に歩いて十五分くらいだから、すぐそこだ」

「えっ!? じゃあ小学校もその辺なの?」

「いや、ここに住み始めたのは中学二年の時だから地元ってわけじゃねえ。でも地元もかなり近いけど。中学は元いた方にずっと通ってた」

「あら、そうなんだ。どうりで見たことないわけね。あたしも家近くて小学校はすぐそこだったんだけど、中学からは都心の私立に行っちゃってたからさ」

「そういうおま……優月は相原病院の子なんだってな」

「おっ! ちゃんと名前で呼べてるじゃん、嬉しいっ!」


 ぎゅっと腕を締め付ける優月に篤は「やめろバカ」と睨むが、そいつは瞳を輝かせる。


「そうだよ。あそこの医院長があたしのおじいちゃんで、パパは副医院長なの。篤も来たことくらいはあるでしょ?」

「……まあな。世話にはなってるよ」


 篤はふさいでいた記憶を思い出しつつ、でもそれを悟られないように顔を逸らした。

 そんな篤を他所に優月は話を進める。


「次は篤の番ね。何でも聞いて!」

「じゃあ……、まずこれについてはきちんと説明してもらわないとな」


 篤は少し考えて、口を開いた。


「優月はなんでこんな時期に一ヶ月だけ転校してきて、一ヶ月だけ付き合おうだなんて意味のわかんねえことになったんだ?」

「え、あ……それ? 最初の質問がそれ?」

「そうだ。他になにがあるんだよ」

「いやほら、もっと他にないの? 好きな食べ物とか、好きな歌手とかさ」

「いいや。別にそれはどうだっていい。んで、どうなんだよ?」


 改めて問うと、優月は急にその歩みを止めて俯いた。それにつられて腕を引かれている篤も止まらざるをえない。


「どうした?」


 なぜか黙りこんだ優月は顔をあげると、少し無理したように気丈に微笑み、声音を張る。


「どうもしてないよ。ただ、いきなりその質問がきちゃうのかと思ってさー」

「なんか悪かったか。それにどう考えてもそれが一番気になる」

「そりゃそうだよね……」


 うんうん、と納得したように優月は肯くと、篤の瞳に自分の姿を重ねる。


「じゃあ、とりあえず……篤は最後の晩餐って知ってる?」

「ああ。詳しいわけじゃねえけど、だいたいわかる。キリストのやつだろ?」

「うん、正解。それであたしはね――」


 優月は瞼を閉じて一息吐くと、さきほどとは違う力の入れ方で篤の腕を抱きしめ、


「ここに最後の晩餐を食べにきたの」


 やんわりと笑った。

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