第13話-「紅茶じゃないわ。ダーリンよ」③

 妹尾竜也は気付いていた。

 篤と優月が付き合うに至ったこの状況は、きっと篤の本意ではない。それはわずかこの半年弱、早乙女篤と一緒にいて十分にわかることだった。篤は人の何倍も顔に出るからわかりやすい。だから優月との会話と表情を見ただけですぐわかる。嫌なことは嫌だとはっきり態度に出す人間だ。


 だからこそ疑問だった。優月はなぜ篤をあそこまで言いくるめられ、付き合うという既成事実をつくりあげるまでに至ったのだろう。弱みでも掴まれたか。それとも何か取り返しのつかないことをしたのか。はてまた本当に篤にその気があるのかはわからない。


 しかし、あの態度と超絶女嫌いの篤にとって最後はありえないな、なんて一人で笑う。


 それにわからないことがもう一つ。なぜ相原優月はたった一ヶ月しか時間がないにもかかわらず、篤と付き合いたいと思ったのかだ。そこにどのような思惑があるのかなんてまったくわからないが、とにかく悪いことにならなきゃいいと竜也は思う。


 だからとりあえず釘を刺しておきたい、なんて自分のエゴでさっきは優月に言ってやりたかったのだ。そこら辺の男と篤を一緒にしてほしくない……と。


 余計なお世話かもしれないが竜也はそれが自分の責務だと思っていた。

 なぜなら、早乙女篤という男は見た目に反してかなり難い性格をしている。それに加えて、そんな篤の難しさを知っているのは唯一の友人である自分だけだということも竜也はきちんと理解していたからだ。


 実態の掴めない転校生と手のかかる友人を思い浮べながら、学校の裏門を出る。やっぱり篤は桜並木の少し開けた芝の上で寝転がっていた。


 入り込んだ日差しを妨げるように目に腕をかぶせ、耳にはすでにイヤホンをつけている。わずかに箸をつけただけといった様子の弁当箱は食い切っておらず、今日もがっつり入った揚げ物が無残に転がっていた。


 竜也はそれを見て軽く笑うと、篤の耳からイヤホンを引き抜いた。


「篤、来たぜ。てか飯も喉通らないほど動揺してんのかよ」

「うるせえ。たまたま腹が減ってねえんだ」


 横目で睨む篤に思いっきり笑ってやる。


「ほんと、わっかりやすい性格してんな。とにかく食わないならその唐揚げ一つくれよ」

「勝手にしろ」

「サンキュー! ん、うめえなコレ」


 なんていつも通りとぼけた話をしたところで本題に入る。


「昨日、優月ちゃんと何があったか……別に話す気ないんだろ?」


 問うと篤は腕をどかし、瞼をやんわりと開いて竜也を見た。


「聞かねえのか?」

「言いたくないって顔してるぜ。まあ、そのうち教えてくれればいいよ」


 そう微笑むと、篤は目で頷いた。

 静かに風が流れて、竜也も心地良い日差しに伸びをする。そして自分も寝転がろうとした時だった。


「――なあ、俺が女と付き合うってどう思うよ?」


 篤の呟きは竜也にとってかなり想定外の言葉だった。倒しかけていた体を立て直し、思わず向き直る。


「どうって……、別にいいんじゃないか? あの子可愛いし。羨ましいぐらいだけど」

「そうか……。まあ、なんていうかよ。正直よくわかんねえんだ」

「なにがわからないんだよ」


 見返すと篤は逃げるように目を瞑った。


「それもよくわからねえ。というか全部だ。わかんねえことだらけだ。女が何考えてるかなんて、本当に意味不明だ」


 篤は拳を握りしめて唇を噛む。

 竜也には篤の気持ちがなんとなく伝わってきた気がした。そしてそれは以前聞いた、女嫌いの理由に大きく関わっているのだろう。もしそうなら、篤にとってこの現状はストレス以外のなにものでもないはず。


 竜也は「うーん……」といかにも考えているように呻り、


「まあ……女って難しいよな」


 されど返す言葉が見つからず、とりあえず会話を繋げる。


「竜也にもそんなことあるんだな」

「そりゃ、そうさ。でもよ、だからこそ正面からぶつかってかなきゃいけないんだと思う。昔みたいなやり方じゃなくて堂々とな。中途半端なことすると痛い目みるぜ」


 竜也が自分の過去を顧みながら言うと篤は思い出したようにけらけらと笑った。


「なんかおかしいかよ? おかげでオマエにまとめてボコられたわけなんだけどな」

「ふっ、いいや。懐かしいと思って」


 そう。それであの時、篤に出会ったのだ。それが竜也のそれからを左右した出会いだったのは身に染みてわかっている。だから自分のことだと思って軽い気持ちで言ってみる。


「とりあえず優月ちゃんのことだけどよ。一回本気で向き合ってみたら?」

「本気で……向き合う?」


 不思議そうな篤に竜也は優しく肯いた。


「なんか衝撃的な出会いってあるんだよな。それからの自分の未来をひっくり返しちまうような何かがさ。んでそのチャンスを篤は今、手に入れたんだとオレは思ってるわけよ」

「まあ確かに相原優月とは衝撃的な出会いだとは思うけど」

「だろ? そんでさ、これを機会に自分と相手と向き合ってみたら何かわかることがあるんじゃねえかな? オマエの女嫌いとかも直るかもしれないしよ。もしかしたら優月ちゃんは篤の未来を左右するような存在になるかもしれないぜ?」

「別に女嫌いを直したいってわけじゃねえし――っで、痛ぇなっ!」


 今だにぶつくさ言う篤の腹に竜也は拳を落とす。


「つべこべ言ってねえで、逃げずにまずは闘ってみろよ。オマエはそういう性格だろ! 『柳中やなぎちゅう』が聞いて呆れるぜ」


 竜也は久々にその名前を口にした。一方の篤も同じだったようだ。篤は一度目を見開いたが、懐かしむように笑い、「余計なお世話だ」と竜也の脇腹にお返しの一発かます。


「うごっ、痛ぇ……。さすがだな。とりあえず篤なら悩みとか鬱憤は殴ってどうにかできるんだからちょっと頑張ってみろって。まずは今日の放課後、試合開始のゴングだからな。自分に負けんじゃねえぞ」

「けっ、わかったようなこと言いやがって。……ったく、やってやるよ」


 竜也は友人の負けず嫌いな横顔に笑って、手をグーに突き出した。それに応えるように篤も同じ拳でこつんと竜也の握りこぶしに合わせる。


 篤にはこうやって火を点けるのが一番効くことを竜也はわかっていた。そして篤自身がなにかに悩んでいる自分が情けなくて嫌いだということもわかっていた。だからまず悩んでいるみっともない自分を倒していけ。そうエールを送ったつもりだが、ある意味で闘志の炎をつけてしまったかもしれない。


 けどそれはそれで結果オーライだ。篤の中の何かが良い方向に変わってくれればいい。竜也はそう思っていたし、なんだか何かが変わりそうな気もしていたのだった。

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