第12話-「紅茶じゃないわ。ダーリンよ」②

「さて、ゆっくり話を聞こうじゃねーか、篤。いったいどういうことなんだか吐け」


 溜めきった鬱憤を吐き出すように竜也が目の前でガンくれている。

 結局朝はあの後すぐにチャイムと同時に轟が入ってきたため、場の全員が悶々とした疑念を抱えたまま昼へ持ち越した。


 そして昼休み。篤の机を中心に優月と竜也が椅子を並べている。


「竜也のそんな顔見るの久々だな」

「なにすっとぼけた事言ってんだ。それにこれが正気でいられるかいっ!!」


 竜也は神を仰ぐかのように両手をあげると、そのままわしゃわしゃ頭を掻く。


「ごめんね妹尾くん。本当はきちんと篤から報告するべきだと思ったんだけど、なにせ付き合ったのも昨日だったからさ。篤もまだ心の準備ができてなかったのよ。許してあげて」

「いや、別に責めてるわけじゃあないんだぜ? けどよ……けどよ……、あぁぁぁぁぁー!!」


 喚く竜也を横目に、篤も大きくため息をついた。

 それにさっきから周りの視線が鬱陶しい。異様なほどに静まりかえった教室の意識が丸ごと自分に集まっている。いつもだったら関わらないようにと避けていく連中の好奇の視線がこちらに向いていると思うと余計に腹立たしくなり、篤は本能のままに咳払いをして辺りをぐるりと見回した。


 当然のようにみんな眼を背けたり、身の入らない世間話を無理に始めたりする。ちょうど一巡りさせたところで優月が大きく息を吐いた。


「ちょっと篤、そんな威圧的な顔しないで。みんな恐がっちゃうよ」

「知るかそんなん。俺は別に威圧的な顔も態度もしてねえ」

「その言いぐさが最高に威圧的。小動物を根こそぎ狩っていく肉食獣じゃあるまいし」

「なんだそりゃ。というかな、元はと言えばおまえが余計なこと言うから――」

「だから、おまえはなしって言ったでしょ! 優月よ、ゆ・づ・き!」


 聞き分けの悪い子どもを諭すように顔を近づける優月を一度睨むと、篤は右手を素早くそいつの額の前に置く。危険を察知した優月が急いでガードしようとするも虚しく、中指は軽く弾かれた。


「痛っ! ちょっと! これはDVよ、DV! ドメスティックなバイオレンス。ほんとありえない!」

「知るかバカ」

「おバカは君でしょ! 昨日も一緒に帰る約束したのに勝手に帰っちゃってさ!」

「バカはおまえだ。それにあんなの約束に入らねえだろ」

「立派な約束よ! それにどういうつもりか知らないけど――」


 お互いが身を乗り出して言い争いを始めようとした刹那。ばんっ! と机が叩かれ、


「ストォ――――ップ!! 一旦、落ちつけ!」


 二人して振り向く。いい加減しびれを切らした竜也が引きつった顔で叫んだ。


「はい……」納得の行かない表情の優月と、

「……ッ」見るからに機嫌を損ねている篤。


 竜也はそんな二人を目で往復させると、呆れたように言葉を継いだ。


「てかさ、まずあんたら本当に付き合ってんの?」


 疑心暗鬼な目がまずは優月に向いた。優月はこくこくと肯く。

 次に竜也の目は篤に向く。篤は違うと叫びたかったが、優月が自分にだけわかるように昨日の画像を携帯電話でちらちらと見せてきて、なす術もなく首を縦にふった。


「マジかよ……とても付き合って二日目のカップルには見えねえな……」

「そんなことないわよねー、篤」


 明後日でも見るような目でため息を溢す竜也を横目に、優月は甘い声で囁く。しかし無言で顔を逸らす篤の態度にふん、と唇を尖らせた。


「とにかく。今日は一緒に帰るからちゃんと待ってなさい。いいわね?」

「わかったよ。待てばいいんだろ、待てば。じゃあ俺は飯食ってくるから。竜也行くぞ」

「え、ちょい、篤! まだ話終わってないだろ」

「俺はもともと話す気なんかない」


 吐き捨てるように返事をして気怠さ全開で教室を後にする篤を恨めしそうに優月は睨むが、「いいもん。あたしもご飯食べる約束してるから」とそっぽを向く。


 竜也はそんな女特有の寂しさを孕ませた横顔に思わずいたたまれない気分になり、ごめんな、と頭を掻く。竜也に向き直った優月はほろ苦く笑った。


「妹尾くんが謝らないでよ。それに篤が極端すぎるのが悪い!」

「ま、まあ……ほら。篤はああいう性格だから――」

「あのぶっきら棒の女知らずめ!」


 ぷんすかと腕を組んで怒る優月はやっぱり強情な性格だ。なんて竜也は思う。


 この二人にいったい何があったのかなんて知らない。それに篤が喋るとも思わない。

 けど竜也は一つだけ、優月の篤をどこか下に見るような態度に申しておきたいことがあった。それはきっと竜也にしかわからないこと。言ってもたぶん伝わらないし、それ以前に上手く言い表せる自信もない。なんたってそれは篤の本当の強さを身をもって感じた自分が感覚的に知っているだけだからだ。


「二人がどういう事情で付き合って、どんな関係なのかはよくわかんねえけどさ。……とりあえず一つだけ――」


 意味ありげに、そしてわずかに口を開いた竜也の瞳に優月は視線を合わせる。

 篤同様に不機嫌で、なおかつ、ふて腐れたような優月に竜也は微笑みかけた。


「――優月ちゃん。あんまり早乙女篤(あいつ)を見くびらない方がいいぜ」


 それだけ言ってコンビニ袋片手に去っていく背中を優月はスカートの裾をきゅっと握り締めながら見送る。竜也の目が笑っていなかったのがはっきりとわかったからだ。


「わかってるわよ、そんなの。どう考えたってあたしが悪いもん」


 こぼした言葉は誰にも聞こえず溶けていく。

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