第5話-「相原優月です。よろしくお願いします!」④

「薄情者と飯は食わねぇ」

「……悪かったよ」


 竜也の不満顔に、篤はしぶしぶ頭を下げた。


「実際のとこ悪いなんて思ってないだろ?」


 言い返せなくて下唇を嚙む。


「やっぱな。まあ別に、というかこれっぽっちも怒ってないからいいけどよ」


 わかっているかのように竜也はにっと笑った。


『――この薄情者!』と額にチョップを食らって目を開けたのは一限が終わる頃だった。

 すっかり相原優月の歓迎会なるものは終わったらしく、まったくもって参加しなかった篤を竜也は呆れた目で見下して、それから昼飯に誘う今までずっとこんな感じだった。


「でもやっぱり今日は一緒に飯食えねえんだ、ごめんな。ちょっとガールフレンドがオレのために弁当を作ってくれたっていうからさ」

「ガールフレンドねぇ……。ちなみに何番目のだ?」


 竜也は両手の指を折りながら考える。篤はもういいとその手をはじきおとした。


「おまえの方が薄情者だろ。一人の女にかける愛情が薄い」

「いや、それはない。オレは誰にでも、何人にだって、最高の愛をぶちまけられるからな!」

「ふーん。数年前に俺の目の前でゲロぶちまけてた奴の台詞にはとても思えないな」

「篤っ! それは言わねえ約束だろ! てかそもそもおまえの腹パンが強烈すぎたん――」

「あ。何番目かのガールフレンドが待ってんぞ。さっさと行ってやれよ」


 すっとぼけたように教室の入口を指差すと、一人の女子が弁当箱を二つぶら下げて、恥ずかしそうにこちらを覗きこんでいた。


「おいっ、人の話を最後まで聞けっ! あとでかい声で何番目とか言うな!」


 竜也は焦ったように小声で篤の肩を揺さぶると、ガールフレンドやらに振り返って「今行くよ」なんて星が飛び出しそうなほど爽やかなウィンクを飛ばす。これが妹尾竜也の本性だ。


 こりゃ傑作だと篤は笑い、その篤を竜也は恨めしそうに睨む。


「ったく、篤にはいつになっても敵う気がしないな。じゃあ悪いけどオレ行くから」

「おう。楽しんで来いよ」


 無駄にグーでのハイタッチをかますと竜也はスキップで出ていく。なんだかんだ言って嬉しそうな友の背中を見送って、篤は教室をぐるりと見回した。


 別に竜也の他に昼飯をともにするようなやつはいないが、ただなんとなく視線を一巡させる。各々が自由に室内をうろつきまわり、適当に集まると箸やパンを片手に談笑を始める。なにやら今日は右前の座席が騒がしく、よくよく見るとその中心に黒髪のお団子がひょっこりと顔を覗かせていた。


 ああ、転校生か。と納得していると、その取り巻きの一人の女子と目が合った。するとそいつは気まずそうに群集の中に隠れる。他のやつらも同じだ。篤の視線から逃げるように顔を背けている。


「ふん……。くだらねぇ」


 篤は誰に対してでもなく悪態をついた。

 いつもこんなかんじだ。ただ目があっただけなのに恐れられ、倦厭される。


 たった今、目があったやつだって普段は男に厳しくあたるような、わがままタイプの女だ。それを思い出すと、なおさらイライラしてきて舌打ちを鳴らす。


 そんな気分で教室を後にする篤の背中を今度は一人の少女が横目で追っていた。

 ――それが相原優月だった。

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