第15話

 突然の来訪にも関わらず手厚い待遇を受けたミレイは、用意された寝室に入り清潔なベッドに倒れこんだ。

「余は満足じゃあ〜」ついつい意味もなく口に出してしまう。

 風呂上がりでまだ少し湿り気を帯びた髪を指でしごきながら、何か忘れていることがある気がして思案する。


(ああ、そういえばイズはどうしたんだっけ…えっと…まあどうでもいいか)

 子供ではないのだから一人で帰るだろう。

 そんなことよりも今日の晩餐ばんさんを思い返し、幸せ気分にでもひたりながらこのまま微睡まどろみに身をゆだねたい。

「これがおもてなしってやつよねぇ」

「ご満足いただけたみたいですね」デュマが入り口に立ち、笑顔を見せる。

「こら!女性の部屋に勝手に入ってくるな!」ミレイは上体を起こしにらみやる。

「あっ…ごめんなさい」デュマがあたふたと頭を下げる。

 ミレイは本気で怒ったわけではない。今夜泊めてもらう長老宅くらいの広さなら、どこに誰がいるのかは気配でわかる。もちろんデュマがミレイの部屋に来ていたことには気付いていた。

 ただ、それとこれとは話が別である。


「で、何?」でもまぁ、別にいいかと気を取り直す。どうせ明日には帰るのだし、今は気分が良い。

「あの、ミレイさんは本当にあのシキ家の末裔まつえいなんですよね?」デュマが恐る恐るいてくる。

「知らないよ」投げやりに答える。

 これにデュマは少しひるんだ様子で、「え、違うんですか?」と小声で言う。

「私は確かにシキ家の血を引く人間よ。でもあんたたちが言うような、何百年も前の先祖が何をしたかなんて、私には関係ないし知らない。そんな話を引き合いにヨイショされても別に嬉しくない」

「えぇ…あれだけ飲み食いしておいて…」デュマが非難めいた眼差しを向ける。

「それはあんたを助けた見返りだと解釈しているんだけど」

 ふたもないと感じるかもしれないが、冒険者ウォーカーとはそういうものだ。自分の技能を決して安売りしてはならないし、必ずそれに見合った対価を要求すべきなのだ。


 たしかに冒険者協会ウォーカーソサエティ綱領こうりょうには、「妖害ようがい、自然災害等による様々な危機にひんした民間人の生命や財産の保護に尽力じんりょくすること」とはある。だが、どこにも「無償むしょうで」とは書かれていない。

 もちろん被災者や、どう頑張っても無いそでの振れないものから見返りを得ようとはミレイも考えていない。今回はデュマの保護者に支払い能力があったのでもらうものを貰ったまでだ。


「僕、村を出たいんです」急に話の風向きが変わったことに、ミレイは片眉を持ち上げた。

「出れば」どうでもいいので思ったことをそのまま伝える。

「でも、村の外に知り合いもいないし…どうすればいいのか」

「そんなもん、他に相談する人がいるでしょうが…」どうして私がつい数時間前に初めて会った子供の人生相談に付き合わなければならないのか?ミレイは突き放した。

「でも…」しゅんとした様子でうつむく。


 ミレイはこういうはっきりしない態度が好きではない。ベッドの上で胡座をかき、頭をガシガシとむしる。

「今まで村を出た奴が他にいるでしょう。普通はそういう同郷の人か親戚を頼るもんよ」まったく、どうして私がこんなことを…。

「それはそうですけど。親戚はいないし、村を出た人が今どこで何をしてるかなんてわかりません」ねた調子で口を尖らせている。

 まったく、これだから子供は嫌いなのだ。

 そんなことを思っていると、ミレイはふと疑問が湧き上がってきた。


「そういえばこの村はどうやって生計を立ててるの?全くの自給自足ってわけじゃないでしょう?」

 村の規模はおそらく、十五から多くても二十世帯といったところだ。村外との交流なしに維持できるとはとても考えられない。

 現に、食器類や備品の中には、街で入手してきたと思われる物がいくつもあった。

「自給してるものもありますよ、もちろん。でも金銭取引に使われるのは薬草ですね」

「薬草…?」

「はい、うちの村で栽培してる特別な物なんです。街ですごく高値で取引されるみたいです」

「…へぇ…」それはなんだかとても不穏だぞ。

「人は?村にとつぎにきたり移住しにきたりとか」経済状況についての穿鑿せんさくはやめておこうと思い、人の流入についての話に移る。

 これは重要だろう。何より外部からの人間を入れないと村の存続に関わるのだから。

「そうですね。以前はたまに、イザービャに薬草を売りに行ったついでに、大人たちが若い女性や子供を連れて来てましたけど…そういえば最近はないですね」

「…へぇ…」死角から放たれた一撃に、ミレイはさっきと同じ相槌あいずちを返す。


 リリステス王国西端に位置する国境都市イザービャは犯罪組織に牛耳ぎゅうじられた街だともっぱらの噂である。

 ミレイは以前にイザービャの違法な人身売買組織の一つと対立し壊滅させたことがあった。それ以来、イザービャにおける人間の違法売買は停滞しているはずだが…まさかそれが関係しているのではあるまい…まさか…。


「僕、イザービャに行ってみたいんです!」

「それだけはやめとけ」希望にあふれ、目を輝かせる少年の心を容赦なくくじく。これが優しさというものだ。

「どうしてそんなこと言うんですか…」デュマが失望の眼差しをこちらに向けてくる。

「いや、だって…」ミレイが弁解しようとしたその時――


 どこかから悲鳴が聞こえたような気がした。

 黙るようにデュマに身振りで合図し、耳をすませる。外が騒がしい。

「長老たちと一緒に住民たちを避難させろ」デュマに鋭く指示する。

 ミレイはジャケットを羽織はおり武器を引っ掴むと、窓からじかに外へ飛び出した。

(この感じは襲撃だ。しかも数が多い)

 住民への被害を最小限におさえ立ち回らなければならない。まずは敵の正体と数を見極め避難ルートの確保を優先に…。

 逃げ惑う人の群れに抗い突き進む。

(この感じはあやかしか)

 人にくらべると気配が希薄きはくだったためそう見当をつける。数はかなり多い。

 これは厄介やっかいなことだった。ミレイは一対一、あるいは多対一など、敵がミレイ一人に向かってくる状況には強い。

 だが、敵が周囲へ無差別に攻撃を仕掛け、住人を守りながらそれを撃破する今回のような状況には極めて弱い。

 助けられるものと助けられないもの、取捨選択しゅしゃせんたく見誤みあやまれば被害は拡大するだろう。


 ミレイが駆けつけた村の南外縁みなみがいえんでは妖と男四人が戦っている。戦っているというのは好意的な表現で、実際は男たちが群れとなした妖に蹂躙じゅうりんされている。

 妖は夕方にミレイが遭遇そうぐうした巨大な羽虫と同型だが、その中の何匹かはさらに一回り肥大しており、自力で飛ぶことはできていない。その代わり後ろ足が奇妙に発達し前足が鋭い鎌状に変化している。

 独自進化を遂げたとでもいうのだろうか…ミレイは初めての経験に面食らった。

「ここは私が引き受ける。あんたたちは他の援護へ行って!」ミレイは男たちに大声で告げる。

「ひ、一人負傷してるんだ」男たちの中で一番細身の男が言う。

 見やると年配の男の左前腕の半ばから先が綺麗きれいに切り取られていた。

「負傷者は長老の家へ運んで、戦える者は村の入り口へ行って。早く!」敵をさばきながら指示すると、四人はすぐに行動した。

 これで戦いに集中できる。妖はミレイを次の獲物と定めたのかこちらへ群がってくる。これは好都合だ。ミレイは身軽な体捌たいさばきで羽虫を切り刻む。

(こいつらは問題にならない…が)

 予想以上に敵が多い。塀を飛び越え森から次々と羽虫が湧いてくる。あまりこの場所にばかり構っているわけにはいかないのだが。


「ちっ、仕方ない」

 一定の距離感を保ちながら敵を引き付けて、ミレイは村の中心部へ後退する。

 元いた場所から三十メートルほど後退し、そこから敵の方へ引き返す。ただし今度は、直進せずに横の回転を加え、ミレイ自身が回転しながら周囲の空気を巻き込み風を起こす。回転が勢いを増すにつれ、剣風けんぷうは広範囲に広がり今やミレイを中心とした嵐となりつつある。妖はこの嵐に引き込まれ、なすすべもなくと化す。

 ピークを迎えた回転の勢いは徐々じょじょおさまり、ミレイが完全に動きを止めた時には村の南側の妖はほとんど片付いていた。

 残りの駆除くじょを終えミレイは周囲を見渡した。こちら側からの妖の侵攻はとりあえず落ち着いたようだ。

 ただ嵐による被害は村側にもでており、二軒は壁板ががれて吹き飛び、もう一軒は完全に倒壊していた。

(仕方がないとはいえ、こんな狭いところでやるもんじゃないわね)

 あとで賠償請求ばいしょうせいきゅうとかされたらどうしよう…まあ、その時は私がこの村を滅ぼしてやるか。

 ミレイはそんなことを考えながら、次の防衛地点へ駆け出した。

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