第14話
「あった、あった」
先ほどイズールが投げ飛ばした時に一緒に飛んでいった
「悪かったな」
「いいって。痛み分けと言ったでしょう」
頭の切り替えが早い。先ほど少し手合わせしてわかったが、判断力もある。なかなかの
「俺はシキ=イズール。渡りの回廊所属の
相手はまじまじとイズールの顔を見つめる。これはもしかしたら
「ソリティア=スウォードよ。私は…なんでしょうね。旅行者かしら?」
「旅行者がわざわざこんな樹海に足を踏み入れるか、おい」イズールは別に
ましてやこれほどの美人とこのような
「そっちこそ、道なりに行けばよかったものを、どうしてわざわざ森を突っ切ろうとしたの?」ソリティアは
「信じられないかもしれないが、
あの姉を言い表すのに、これ以上ふさわしい言葉はないような気がした。
「は?危ない物でも吸っているの?」
「…いや、なんでもない。忘れてくれ」少し舞い上がってしまったようだ。
過去に何度かこれで、女性関係で失敗していることを思い出し自分にブレーキをかけた。まだ早い、もう少しお互い心を許してからだ。
「そういや腹減ってないか?簡単な物ならあるけど」話題を変える作戦に出た。
「いえ、大丈夫。もう食べたから」
「…」
会話が
ソリティアはあまり話し好きなタイプではなさそうだ。それとも、ただ単純に疲れているのか。
「どうだ、今日はもう遅いし交代で休まないか」イズールはとりあえず
「残念だけど私、そろそろ行かないと」ソリティアは立ち上がる。
「行くってどこに?」驚いてイズールも立ち上がる。
「この近くの村に用があってね。
「村?」
イズールはこの一帯の地図を思い浮かべた。一番近い村は王都南西のドリトス村だが、ここから三十キロメートル弱くらいあるはずだが。
イズールの感覚ではとても近いと表現できる距離ではない。
しかもこの暗い森の中を行くとなると、日中のようなペースでの移動は難しい上、心理的負担もあるだろう。
「賢明な判断とは思えないけどな。今からだとどんなに早くても、着くのは日が昇ってからになるだろ。よほどの急ぎじゃないなら休んだほうがいい」
「まあ、こんなところで野宿しているのだから知らないんだとは思っていたけど」
「うん?」どういう意味か問い質そうとした。
その時、ヴヴヴヴ…という奇妙な音が空気を伝い二人の
イズールはとっさに
それを目にしたイズールは、怒りと恐怖の入り混じった感情に我を忘れそうになるのをギリギリで踏みとどまった。
ソリティアが描く濃密で無駄のない文字配列が空間に複雑な紋章を形作る。イズールにはその
(大馬鹿はどっちだ!)
イズールは
長すぎる十秒を体感し、ようやく音の正体を見極める。
それは極度に肥大した羽虫型の
「燃えろ」
ソリティアの命令に妖の群れを
それでもこの威力を
しかし、イズールの考えは
どういうわけかソリティアが世界に生み出した火球は森を焼くことなく、妖のみを消し去ったのだ。
「どういうことだ…?」思考が現象に置き去りにされたまま
「気を
ソリティアは荷物を背負い歩き出そうとしていた。
「何をしたんだ?」イズールも荷物を手早く
「先に妖の周りに結界を張り、その中で火を起こした。火球が周りに害を及ぼさないようにね」そんなこともわからないのと言いたげに一つ息を吐く。
ソリティアは簡単に言ってくれたが、それは十秒やそこらで仕込める虚影律ではない。
今回ソリティアが仕組んだ虚影律のメインは、火球による攻撃である。本来ならこれに
ソリティアはさらに、これに結界を張るための構文を差し込み十秒ほどで仕上げた。いや、おそらくそれ以上の何かをしたのだ。空間に描かれた虚影律の構文による紋章はイズールの理解を超えていた。
「さっきの術はどこで学んだんだ?」ソリティアの背中を懸命に追いかけながら問う。
彼女はカンテラを片手に迷いなく進む。
「特別誰かにというわけではない。強いていうなら里の大人や友人からね」
「いやいや、ちょっと待ってくれ。なんだその里って…
「里を出ていくつかの国を渡り歩いてきたけれど、
確かにリリステス王国の国民として、ソリティアの言ったことは耳の痛い話である。
リリステスは
ただ近年では、王権寄りの元老院が優勢で、教育、福祉、文化事業のための予算が削られている。国民も声を上げようとしないので、議会はますます調子に乗っているという有様だ。
こんなことをいくら考えていても仕方がないので、村の話に戻すことにした。
「話は変わるが、今その例の村に向かってるのか?」
「そうなのだけどね…」ソリティアが歯切れ悪く答える。
「まさか、迷ったのか?」さすがにもう勘弁して欲しいものだ。
「違う…わからない?」
立ち止まるソリティアに並びイズールはその表情を
イズールも彼女の視線をなぞる…その先に何があるのか。しかしどれだけ目を凝らそうと、闇夜はイズールの
イズールは訳も分からず、もう一度彼女を見返す――と、ソリティアは
長く綺麗な髪が暗闇に
舞う髪の間から覗く彼女の耳が、ナイフの切っ先を思わせるように鋭いということに。
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