第16話

 村を視界に捉えられるくらいの距離にまで近づいた時には、イズールも異変に気が付いていた。村を囲むように大量のあやかしが群がっていた。

「うわぁ…」イズールはその光景に思わずうめく。

「おかしい…結界が機能していない」

「結界…そういうことか」ソリティアの言葉でイズールは理解した。


 地図にない樹海の村。それは影律結界により周りから意図的に隠された場所だったのだ。先日調査へ行った先史時代の遺跡もそうだったが、世界には何らかの理由で存在が明らかにされていない秘所ひしょがある。

 先史時代に張られた結界影律により、外部接触がほぼ不可能なため妖からの襲撃しゅうげきを受けることもないはずなのだ。

 しかし、近年になって結界の寿命が来たのか、各地でこの手の秘所が発見されていた。


「理由はわからんが救援に向かったほうがいいみたいだ」二人は荷物をその場に捨て置き、再び駆け出した。

 塀の内側は混乱しているようで各所で悲鳴が上がっている。イズールは走りながら霊威形象れいいけいしょう左前腕部ひだりぜんわんぶに収納された短剣を展開し、右手側も拳をおおうように変化させた。これで近接戦闘にも対応できる。

 ソリティアを追い越しイズールは敵の群れに跳び込む。妖の注意を自分に向ければ、ソリティアが援護してくれるだろう。短剣で手近な羽虫を薙ぎ払い、瞬発性のある短縮構文で仕組まれた虚影律で中距離範囲を吹き飛ばす。

 しかし、意外に甲殻こうかく頑丈がんじょうで表面的に傷つけたに過ぎなかった。そこにソリティアの術が追撃する。イズール中心に半径一メートル先の場所から炎の壁がそびえ立つ。

 炎は二秒ほどで鎮火ちんかし周囲五、六メートル付近の妖は消し炭になっていた。その熱気と威力にイズールは肝を冷やした。

「こえぇよ!俺に当たったらどうすんだよ!?」悲鳴混じりの声で抗議する。

「そんなことあるわけないでしょう、素人でもあるまいし」ソリティアは杖に体重を預けた姿勢でこちらを見やる。

 この発言が彼女のしゃくさわったらしいことは、への字にゆがめられた口元が物語っていた。


 二人は村を囲う塀に沿って入り口を探しながら、村へ侵攻していく敵を駆逐くちくする。村の入り口を発見した頃には、イズールが牽制けんせいしソリティアが術で蹴散けちらすという陣形が出来上がっていた。

 村に入ると逃げ遅れた住人に羽虫が群がっており、イズールは駆け寄り妖を切り払ったがすでに事切こときれていた。

「イズール、このままでは夜が明けるまではもたない」

「わかってる、だが見殺しにはできないだろう」

 妖は暗い場所を好む傾向があり、遺跡の奥、森や洞窟などで遭遇することが多い。そのため夜になると行動が活発になるが、日中はそれら暗所あんしょに引き払っているようだ。

 つまり夜が明けるまで耐え忍ぶことさえできればいいのだが、それまであと八時間はある。持ちこたえることはまずできないだろう。


「イズ!」

 その呼びかけは苦境の中にあってイズールを安心させる力があった。ミレイがこちらに駆け寄ってくる。

「よかった、私一人じゃ対応しきれなかったのよ」

 ミレイがソリティアを一瞥いちべつしこちらに視線を戻す。ソリティアはすました表情でその視線を受け止めイズールへ顔を向ける。

 二人に注目され、なんとなく気まずさを感じながらお互いを紹介する。

「俺の姉のミレイだ。君と出会う前に森ではぐれたんだ。で、彼女はソリティア。あの後森で出会って成り行きで行動している」早口になったのは状況が急を要するからで、決して姉のてついた視線から逃れたかったわけではない。

「よろしくソリティア。それで、見てわかる通り状況は芳しくない。村人は七十人前後。多くは村の中央にある村長の家に避難している。戦える者は各所に散って防衛線を張っている。私は守りがくずされないように駆けずり回ってる」寄ってくる妖を切り裂きながら状況説明をする。

 イズールたちが駆けつけるまでに激しく戦い抜いてきたはずだが、息一つ切らせる様子がない。


「最初に比べれば勢いは収まってきたけど、朝までもつとは思えない。何か手を打たないと」ミレイが打開案を期待してイズールに顔を向ける。

 しかしイズールには何も妙案などなかった。心苦しさを感じながら口を開く。

「残念だが俺にはこの状況をくつがえすだけの案はない」

「そう。じゃあやれるだけやってみましょう」ミレイは眉ひとつ動かさず言い切った。

 戦闘技能や判断力だけではない。この鋼鉄の精神こそミレイの強さの本領だろう。

 イズールも覚悟を決める。やってやろう。自分も幾度となく死地を乗り越えてきたではないか。

 イズールが決意したタイミングで、ソリティアがそっと挙手する。


「あー、方法がなくもないわよ」

 信じられない面持ちでソリティアの目を見る。どうやら冗談ではなさそうだった。一方でミレイは胡散臭うさんくさそうな表情だ。

「結界を張る。私に三十分ちょうだい」

「そんな持続力のある結界が張れるのか?悪いがちょっと信じられない」イズールは常識的な反応を示す。


 先史時代には物質に虚影律を定着させることで、永続的に効果を発揮する手法が存在した。

 元々この村に施されていた結界もそうであろうし、代表的なものでは影律兵器を挙げることができる。

 だが残念なことにこの技術は現代では喪失してしまっている。もし長時間効果を及ぼす術を行使しようとなると、その間、術者が力を注ぎ込まねばならない。

 理論的に可能でも現実的とはいえない。ソリティアがイズールより遥か格上の影律士であることは間違いないだろうが、生物としての限界を超えることはできない。術者の体力、集中力が保たないだろう。


「イズールはこう言ってるけど?」ミレイがソリティアに向ける眼差まなざしは厳しい。

「私には亜人種の血が流れている。こう言えばわかる?」

血統術けっとうじゅつ…」ミレイが眼を細め、頷く。

 混血によりもたらされた、人間種族に起源を持たない異能術…。

「わかった、ソリティア。あなたに私たち全員の命を預ける。その代わり三十分は必ず死守してみせるわ」ミレイはニヤリとする。

「嫌な言い方ね…。村長の家に全員集めて。そこに結界を張る」

 そう指示を出すとソリティアは早々に駆け出す。残りの二人もそれに続く。

「イズ、摩天楼涯廓まてんろうがいかくを村長の家に張り巡らせたとして何分保つ?」

 ミレイの突然の質問に面食らいながらも考える。

「多分二、三分ってところじゃないか」

「じゃあ、彼女が結界を張る二分前からはそれでしのぎましょう。それまでは全員で総力戦になる」

 作戦を成功させるための絵図を描いているのであろうミレイの瞳は、闇の中にあって一際ひときわきらめいていた。

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