第12話

 今日は走ってばかりの一日だったな。奇形きけいあやかしに追われ、変な女にもからまれて…だが終わり良ければすべて良しだ。

 村に近づくとしめなわが巻かれた巨大な鳥居とりいが目に入る。ナイカ村を守護する賢者ヴィト様の象徴しょうちょうだ。

 デュマは鳥居の前に立ち、一礼し左足を踏み出す。参道を行き、村の入り口脇に置いてあるかめの水で手と口を清める。

 村に入った頃には日は完全に落ち、家には明かりが煌々こうこうと灯っていた。


「デュマッ!」

 村中にとどろきそうな怒鳴り声に、デュマはびくりと肩を震わせる。ゆっくりと声の主に顔を向ける。確認するまでもない。

「父さん」

 華奢きゃしゃな自分には似ても似つかない、がっしりした体格の男が厳しい眼差しをこちらに向けている。似ているところといえば金髪碧眼きんぱつへきがんくらいのものだが、父の頭髪はここ数年で随分ずいぶん色褪いろあせてきていた。


「ごめんなさい、勝手に村の外に出て…でも!」上目遣うわめづかいで父の機嫌をうかがう。

「そちらの女性は誰だ?」父の視線はデュマの遥か背後を見据みすえていた。

 まさか!デュマは恐る恐る振り返る。

「どうも初めまして。ご子息の命の恩人でシキ=ミレイと申します。私はお断りしたんですが、どうしてもお礼がしたいというご子息の熱意に負けて、招待しょうたいを受けることにいたしましたの」そうして絶妙なタイミングで笑顔を披露ひろうする。

「うがあああああああああああー!!そんなこと一言も言ってないぃぃぃぃぃ!!!」

 なんてつらの皮の厚い女であろうか。

 小さい時に隣の家のギランにいが、「女ってやつはまるで悪魔みたいだ」と言っていたことがあった。当時は意味がわからなかったが、ようやく理解できた。これが大人の階段というやつなのかと、デュマは得心とくしんがいった。

「そうでしたか。これも賢者ヴィトのお導きでしょう。何もない村ですが歓迎かんげいいたします」

「父さん?」父の言葉にデュマは本当に驚いてしまった。

 外部の人間を父の一存で招き入れるなど村のおきてに背くことだ。

「まずは長老のもとに案内いたします」




 長老の家は村の中心に位置する。行事の打ち合わせや村会議などを行うときにも利用するので、自然と村で一番大きい建造物であった。

 道中、周りから好奇の視線を浴びせられ、なんとなくデュマは得意な気持ちになった。普段村で生活して自分が注目されることなどほとんどないからだ。

 家の扉をたたくと、長老の家に家政婦として通っているミロおばさんが出迎えた。ミレイのことはすでに村中に広まっており、何人か野次馬やじうまも押しかけていた。

 ミロおばさんが三人を居間に通し、ここで待つように言うと扉を閉め出て行った。

 それを見計みはからって父が苦笑いする。


「申し訳ない。珍しいことなので、みんなピリついているようです。普段は気の良い人たちばかりなのです」

「王都近郊にこんな村があるなんて初めて知ったわ…しかも樹海の只中ただなかにね。ここは外部との交流がないの?」腰の双剣を脇に置き、ソファの上でくつろいだ様子でミレイが尋ねる。

「それは私の口からは申し上げることができません。長老から説明があるはずです」

 入り口の脇に立ったまま父が答える。デュマも父にならって隣にひかえているのだが、早く座りたかった。

 それからは誰も一言もしゃべらずただ時間だけが過ぎる。

「あーお腹すいたなぁ」ミレイがあからさまに食事をたかりだした頃に、ようやく長老がやってきた。


「お待たせして申し訳ない」長老が杖に体重をあずけ扉を押しあける。

 長老が杖をついているのは、歳で足腰が弱っているからではない。今年で五十六歳になり初老にさしかかってはいるが、むしろ肉体は頑強がんきょうでまだまだ若々しい。杖に頼っているのは、左足がももの半ばから切断されているからだった。

 父が長老に手を貸すよりも早く、ミレイがすでに横に控えていた。父もデュマも目を見開いた。そんな隙はなかったはずなのに…音すらも立てずにソファを挟んだ三メートルほどの距離を一瞬で移動したのだ。

 出会った時から人間離れした芸当を見せつけられてはいたが、もしかしたらとんでもないものを村に招いてしまったのかもしれない。


「大丈夫です、シキ家のご令嬢。お気遣い感謝しますよ」

 長老の対応にデュマは違和感を持った。素性のよくわからない女とはいえ確かに客人には違いないので、丁寧に応じるのはわからないでもない。

 それにしても長老の接する雰囲気ふんいきにはまるで、自分より遥か高位に属する人に対する敬意のようなものを感じる。長老の半分にも満たないであろう歳の女にである。そういう目で見ると、父の接し方にも長老と同質のものを感じる。


 それに、シキ家とはなんだろうか?

 ミレイを盗み見ると、彼女は右眉を持ち上げて顔をしかめている。

 それから、父とデュマも座ることを許され、四人は座卓ざたくを挟む。父は長老と並んで座り、なぜかデュマは、父ら対面に座るミレイの横に掛けることになった。

「森でデュマを助けていただいたそうですね。私からもお礼申し上げます」そう言うと長老は深々と頭を下げる。それを見てデュマは、申し訳ないと言う気持ちが湧き上がってきた。

 ミレイはどうでもよさそうに顔の横で手をヒラヒラさせる。それから、さきほど父にしたのと同じ質問を繰り返した。

「そう、ここは先史時代から秘匿ひとくされた閉ざされた村なのです。特別な結界により封印されていて、しかるべき手順、道筋を通らなければ辿り着けないのです。まず村の人間以外は立ち入ることはできません」

「私が入ってこれたのは、彼について行ったから?」

「そうではありません。村の者を追跡しても、いくつかの手順をこなさなければ侵入は不可能です」


 長老の言う通りだ。デュマは逃げながらも正規の手順を踏んだからこそ村に辿り着くことができたのだ。それを知らない者には絶対にわからないはずだ。

「じゃあなんで?」ミレイの疑問はそのままデュマの疑問でもある。

禊術けいじゅつです」

「結界をはらった感触なんてなかったわ」

「結界は破られてはいません。この結界は禊術で破壊しないように禊術使い−つまりシキ家の血筋の者を感知した時、一時的に機能を停止するように設定されているのです…もちろん今はもう正常に機能しておりますのでご安心ください」長老は用意していたように淀みなく説明する。

 最後の一言は、デュマに向けた説明だろう。

 父の表情を窺うに、どうやらこの場で話についていけてないのはデュマ一人だけのようだ。

「あの…僕には何がなんだか…」思い切って話に割り込む。

 父が後にしろと言うようににらみつけてきたが、長老が簡単に説明してくれた。


 この世界には虚影律きょえいりつという一時的、あるいは半永続的に−世界に任意の現象を引き起こす秘術が存在する。この虚影律の使い手を影律士えいりつしと言い、影律士になるには生まれながらの素養そよう膨大ぼうだいな訓練が必要である。

 ナイカ村に張りめぐらされた結界は、高度な技術を持った先史時代の影律士によるもので、それより何段もおとる現代の影律士には破れない代物しろものである。

 一般的に虚影律に対抗たいこうできるのは、虚影律とそれにより生み出された影律兵器えいりつへいきのみだとされている。


 しかし、あまり広くは知られていないが虚影律に対抗できる術がもう一つある。それが大陸最古の一族の一つであるシキ家の禊術である。

 禊術は稀少血統術きしょうけっとうじゅつが故に研究がなされておらず、ほとんど何もわかっていない。ただ一つ確実なのは、どれほど強力な虚影律も破壊し尽くすほどの力があるということだ。


「正確には禊術の始祖しそはシキ家じゃないらしいけどね」ミレイが最後に補足した。

「シキ家は賢者ヴィト様とともに、外世界そとせかいからの侵略者たる七人しちにん客人まれびと退しりぞけた一族の末裔まつえいだ」父がぼそりと呟く。


 デュマは心底驚しんそこおどろいた。この女が伝説に名をつらねる一族の末裔…。


「ねえ、どうでもいいけど何か食べる物ない?お腹減っちゃって」

「ああ、申し訳ございません。大したものはお出しできませんが…」

「肉を所望しょもうする!」長老の言葉をさえぎってミレイが嬉しそうに声を上げる。

「かしこまりました。用意させましょう」

「あ」急にミレイが顔を曇らせる。「この村、食人文化が残ってたりしない?」

 これには長老や父も顔を引きつらせた。「いえ、大丈夫です。新鮮な鹿肉があります」

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