第9話

 さいわいにも皆軽傷だった。

 それに関しては、ただ運が良かったに過ぎないとイズールは考えていた。今回遭遇そうぐうしたまも化身かみ寺院防衛じいんぼうえいのための調整がなされていないように感じた。以前に別の型番かたばんの護り化身と戦闘になった時、敵は狡猾こうかつな無駄のない動きでイズールとミレイを追い詰めた。

 それに比べ、さっき相対あいたいした敵はどうだろう?

 ミレイのおかげで失落綺譚しつらくきたんの直撃を避けることができたのは確かだが、そもそもあんな高威力な術を使えば守るべき寺院も無事ではなかっただろう(現に至る所が抉れている)。

 生き残ることはできたが、不毛ふもうな戦いだったなとイズールは肩を竦めた。

 やはり素人同伴しろうとどうはんの冒険は願い下げである。




 イズールとロウ=サーが主導しゅどうして退路たいろを確保する。閉ざされた入り口はなんとか開けられそうだった。

 その後に用心しながら観音開きの扉を開く。そこにはいくつかの巻物と羊皮紙ようひしが収められていた。

「これだけ…?」スホイが失望も露わに呟く。

「そう思うんなら俺にください、報酬ほうしゅうはいらないんで」イズールは無駄だと思いつつ言ってみる。

「いえ、それはちょっと…」

 自分たちがどれだけ苦労しようと、その価値を理解できない者の元に宝物ほうもつは流れていくのかと思うと実に腹立たしい思いだった。




 遺跡の探索たんさくを終え、寺院の入り口に一時的な簡易封印かんいふういんを施し一行は帰路へ着く。イザービャには真夜中に到着し、当然のように街は寝静まっていた。

 宿に着くとイズールは最後の気力を振り絞り風呂に入り汗を流した。その足で部屋に戻り寝床に倒れ込んだ。どろのように眠り起きた時は昼近かった。

 いつも朝の早いミレイも珍しく同じ頃に起き出した。

「ゔぁわわわ…肉食べたいね」ミレイの起きて開口一番の台詞せりふがそれだった。

「ああ、俺の筋肉も同意見みたいだ」回らない頭で答えながら、二人そろって食堂へ足を向ける。

 そこで事の顛末てんまつを知ることになる。




 食堂に入ったイズールとミレイは、先客のブルとロウ=サーに相席あいせきした。ロウ=サーはつえを立てかけており、イズールは調子をたずねる。安静あんせいは必要だが、歩いたりする分には問題ないようだった。

「そんなことより」そう前置まえおきをし、ロウ=サーが今朝スホイから聞かされた話を報告する。

「エッダが!?」

「ええ調査員がそう証言したようです」


 内容はこうだ。

 昨晩、宿で冒険者たちを下ろした後、馬車はスホイを自宅で下ろし、最後に公社が運営する研究所へ走らせた。しかし馬車は研究所へ到着する前に急停車した。調査員の二人は酔っ払いでも飛び出したのかと気に留めなかった。だが御者ぎょしゃのくぐもったうめき声を聞き、何かおかしいと思ったそうだ。

 調査員の一人が様子を見ようと馬車の扉に手を掛け押し開けた瞬間に腕をつかまれ引きり下ろされた。もう一人も暴行され、寺院から持ち帰った巻物や羊皮紙を全て奪われたということだった。


「御者や調査員の二人は軽傷だったそうですが、かなり動揺どうようしているそうです」

「そうでしょうね。生還して気がゆるんでいた時に襲撃されたんですから…」素人同然の調査員にいらつくところがあったのは事実だが、さすがに同情を禁じ得ない。

「初めから宝をかすめることが目的だったんでしょうね。そもそもどういう素性すじょうだったの?」

 ミレイが当然の疑問を口にする。そういえば当初、ミレイがエッダを怪しんでいたことを思い出す。

「わかりません。スホイさんも何か知っていることがあれば報告してほしいとおっしゃっていましたが…」

「はあ?知るわけないでしょうが、馬鹿じゃない?」食事がなかなか来ず、ミレイはイライラした調子を隠さない。

「これまでの経験を買われて今回の依頼に参加したと言っていましたけど、どこかから推薦すいせんでもあったんでしょうか?」イズールの問いに答えられる者はこの場にいなかった。


 今回の求人に応募するには、冒険者協会ウォーカーソサエティを通すか、あるいは公社に人脈でもないと難しいのではないだろうか?どちらにしろイズールにはもう関係ない話だ。

「それで、お二人はこれからどうするんですか?」これ以上この話を続けても得るものはないと、ロウ=サーが話題を切り替える。

「昼過ぎには出ようと思い――」

「帰んないわよ。まだやることがあるんだから」イズールの言葉をミレイがさえぎる。

 そういえば裏組織と決着をつけるとかなんとか言っていたが、本気か?

「いや、俺は帰る」イズールは断固だんことした口調で宣言せんげんする。

「本当におめでたいよね、イズって」ようやく運ばれてきた料理を口一杯に頬張ほおばる。

 ロウ=サーとブルは話が理解できずに苦笑いしながら、ミレイの食べっぷりを眺めている。

「大丈夫、ちょんちょこちょんに蹴散けちらしてやるから」料理を飲みくだし笑顔を向ける。

 こんなことなら昨日、怪我の一つでもしておけばよかったと後悔したイズールであった。


                                     渡りの回廊1 了

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