第7話

 小休止しょうきゅうしを終え、一行いっこうは寺院の最奥へいたる最後の扉まで辿たどり着いた。

 幸いなことに、ここまでの道のりはそれほど苦もなく来られた。調査員たちも、先刻せんこくあやかしとの戦闘以降は随分と大人しい。それはそうだろう。これでまだグダグダ言うようなら度し難い馬鹿者だ。

「どう?」扉を調べているイズールとロウ=サーに声をかける。

 経験上、こういった場所には何らかの罠や警報装置が仕掛けられていることが多いので、より慎重に行動しているのだ。


「侵入を防ぐための封印ふういんほどこされていたみたいだが、たぶん大丈夫…だと思う」イズールが自信なさげに答える。

 現代まで健在けんざいの先史時代の施設は、多くが虚影律きょえいりつにより保護されている。その影響のためか、罠探査わなたんさの虚影律が妨害ぼうがいされ、罠解除わなかいじょのための術の精度が落ちるらしい。特にイズールはこの分野が苦手らしく、失敗も少なくない。

「二人で協力した分、解除の精度は良い方だと思いますが…」ロウ=サーも続けるが歯切れが悪い。要するに絶対はないということだ。

「わかった。私とイズールで先行する。残りの面子は様子を見て私たちに続いて。くれぐれも注意はおこたらないで。もし何かあったら、あなた達は全力でここから逃げなさい」


 遺跡調査で最も緊張する瞬間といっても過言ではない。前に罠解除ができておらず、新兵しんぺいの訓練用の罠が発動しひどい目にあったことがある。後は、侵入者を排除はいじょするための兵器や殺戮兵さつりくへいが定番だろうか…。

 先史時代というのは随分とすさんだ環境だったのだなと、ミレイは哀れみに近い感情をいだいた。

「いつも通り、何かあったらイズは守りにてっしなさい」イズールは小さく頷く。

 ミレイは一度大きく息を吐き出し、素早く新鮮な空気を肺に取り込む。扉に触れると自動で開いた。

 足を一歩、二歩と前に踏み出す。イズールと視線を交わし、次に後ろに向かって大丈夫そうだと合図した。


 ミレイたちは室内を見渡した。天井は高く、壁の途中から寺院に絡みついていた大木の内側と繋がっていることに気付く。外から見た時、樹が寺院に寄生している印象を受けたが、内部から見ると寺院が樹を侵食しているような不気味さを感じた。

 この空間は何だろうか?宝物庫を期待していたわけではない。だが、だだっ広いだけで何もないというのはあまりにも期待外れだ。わざわざ封印をするだけの何かがあるようには思えない。

 見つからない答えを求めて、なんとなくイズールに目をやると、けわしい表情で壁の高所を見つめている。ミレイもつられてそこに視線を移すと、等間隔とうかんかく壁龕へきがんがあり、そこには結跏趺坐けっかふざいんを結んだ像が安置あんちされていた。


「修行僧…おそらく高僧の木乃伊みいらだ。ここは悟りを開くための聖域せいいきなんだろう」ミレイを始め疑問符を浮かべている全員に聞こえるようにイズールが言う。

「見てください、ここに何かあります!」調査員二人が興奮した声で全員に呼びかける。

 ミレイが声の方に顔を向けると、そこにはさっきまでなかった観音開かんのんびらきの扉が出現していた。ミレイはぎょっとした。さっきまで無かった扉が突如とつじょ現れたからではない。調査員二人が考えなしにその扉に手をかけ開こうとしていたからだ。

「馬鹿もん!」ミレイの怒声に大気が震え、一瞬の静寂せいじゃくが訪れる。公社の人間が目を見開き間の抜けた顔をこちらに向けるが、ミレイはそんなことに構っていられなかった。


 場内に甲高かんだか警報音けいほうおんが鳴り響く。

『緊急警報発令。不正な手続きが実行されました。管理者手続きにのっとり不正の排除を開始します』抑揚よくようのない合成音声が告げる。

 入り口は閉ざされ、退路は断たれてしまった。総毛立そうけだつ感覚。ミレイの細胞全てが危険信号を発している。

 上空を見上げ目を凝らすと、すでに異変が始まっていた。天井に乳白色にゅうはくしずくこごり、滴り落ちる。そのまま地に着くことなく、中空で人型へ変貌する。


まも化身かみ…!」ロウ=サーの小さな呟きが存外ぞんがいに耳に響く。


 影律兵器〈護り化身〉先史時代に七人しちにん客人まれびとから、大陸防衛の要をになった人型兵器。〈偽譚書庫ぎたんしょこ〉という先史文明期の高度な虚影律の構文を保存した虚影律情報集積機きょえいりつじょうほうしゅうせききかんが存在する。〈護り化身〉は〈書庫〉に接続権限せつぞくけんげんを持ち、そこに収められた虚影律を受信し即時実行そくじじっこうを可能とした自律端末じりつたんまつである。


血涙けつるい紋章もんしょう読み込み開始、嬉戯霄壌きぎしょうじょう法衣ほうえ展開、虚無きょむ明眸めいぼう起動』

 護り化身は具現ぐげんされた虚影律の構文をまとい、その形姿けいしを明らかにしていく。

『偽譚書庫より対応構文検索開始たいおうこうぶんけんさくかいし

 それはまさに伝承に語られる原始げんしの影律士〈滴る者〉を彷彿ほうふつとさせるものであった。




 誰もが立ち竦む…顔には絶望感をたたえながら…。

 その只中ただなかにありながら、ミレイの心はくじけることなく、本能が次の一手を打てと突き動かす。 

 ミレイは助走をつけ壁を蹴り上がり、二足で壁龕まで到達する。そこで筋肉を引き絞り、逆手に握り込んだ短剣を相手の喉元のどもとに突き立てるべく、溜め込んだ力を爆発させ敵に跳び掛かった。

(届く…!)

 そう思った瞬間、薄衣うすぎぬが放たれたやいばはばむ。ころもに見えたそれは虚影律により内と外を断絶する境界だった。

「っ…!」ミレイは剣に力を注ぎ込む。

 強烈な抵抗が腕に伝わってくる。次の瞬間、ミレイの二刀が世界のへだたりを切り裂く。


『検索終了。「失楽起端しつらくきたん」を召喚します』護り化身の無慈悲むじひ宣告せんこくと同時に、滅びの印章いんしょうきざまれた虚影律が光の洪水となり聖域をみ込んだ。




 ミレイが動き出すのとほぼ同時に――あるいは早く――イズールは行動を開始していた。


「〈霊威形象れいいけいしょう〉――制限解除」

 声に出したつもりはなかったが、エッダがこちらに顔を向ける。


 霊威形象は両前腕に装備した大型の手甲てっこうだ。右手は打撃特化型、左手は内蔵された刀身を必要に応じて展開できる仕様となっている。まさにイズールの近接戦闘時における攻守の要となる武具だ。


 しかし、今イズールが霊威形象に求めたのはそれではない。影律兵器として秘められた力、霊威形象の防壁機構ぼうへききこう摩天楼涯廓まてんろうがいかく〉を発動する。霊威形象がイズールの注ぎ込んだ力に呼応する。霊威形象は防御形態へ展開し、虚影律のための複雑な構成を開始する。

 発動までの時間、広域防御に伴う守備力の低下、そもそも偽譚書庫から引用した虚影律を防ぎきれるかどうか…山積みされた問題を払い除けたいという思いと、祈るような気持ちで…イズールは世界が書き換えられていく様をただ見詰みつめていた。

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