第6話

 あやかしは決まった形態がなく、虫や動物など様々な姿形で現れる。今回、寺院にひそんでいたのはどれも人型であった。個体の強さはまちまちだが大したことはなさそうだ。


 ブルは見た目通りの重量級の剣士で一度のぎ払いで二、三匹の妖をほふっている。だが取りこぼしもあり、逃れた敵が後方へ向かう。それをエッダが仕留める。エッダが腕に取り付けた影律兵器は、銃のように気弾を放つ仕組みで、中距離範囲を補うようだ。連射れんしゃはできないようで、さらに逃した敵はイズールが仕留めることになるが、そこまでの事態にはなっていない。


 しかし、敵の数が多くこのままではじりひんだ。ミレイは前衛ぜんえいをブルとエッダに任せイズールの元に戻る。

「思ったより数が多い。ちょっと楽がしたいわね」イズールに目を向けると、弟は半眼はんがんでこちらを見やる。ただでさえ目つきが悪いのに、今の相貌そうぼうは人殺しを生業なりわいにしている者のそれと大差ない。「俺もそう思っていたところだ。別にお前に楽をさせるつもりじゃあ無いけどな」いちいち一言多いんだからとミレイは肩をすくめた。

「で、何か手はある?」訊くと次はイズールが肩を竦めた。

「姉さん達が戦っている間に、妖を六匹だけだが無作為むさくいに選んで解析かいせきしてみた」

「えっ?」ロウ=サーがいつの間にという驚いた表情で声を上げる。うちの弟は優秀なんだよと心の中で呟く。


 イズールは解析影律かいせきえいりつを使い妖の体組成たいそせいを調べ、試料しりょうとして選んだ六匹から共通因子きょうつういんしをいくつか見つけた。そのいくつかの因子の中からさらに人間にはふくまれないものを調べ上げたと説明した。

「つまり、その因子だけを破壊する虚影律きょえいりつを使えば、指定範囲していはんいの妖は自壊じかいさせることができる」イズールのこの言葉にロウ=サーが異を唱える。

「それほど大規模の虚影律をみ上げるのは反対です。時間が掛かり過ぎる上に世界を変質へんしつさせてしまう」

 虚影律は世界の様相ようそうを術者の手によって組み替える秘技だ。小規模な術であれば世界の持つ復元力ふくげんりょくで元の状態に戻るが、大規模な術により変質した世界はそこがほころびとなり破滅へつながる恐れがある上、失敗した時の被害が未知数みちすうでもある。ロウ=サーの指摘はもっともだと、表向きはイズールも一定の理解を示した。

「それほど難しい術ではない。術式じゅつしき環境再設定かんきょうさいせってい予定調和式よていちょうわしきを組み込めば世界が変質することはないし、あなたが補助してくれれば時間もさほど掛からない」しれっとした調子で返したイズールの言葉に、ロウ=サーは目を見開き口をパクパクさせている。

「どれだけ掛かる?」ミレイの問い掛けにイズールは短く「五分くれ」と答える。

 白目を剥いたロウ=サーを横目に、ミレイは頷き戦線へ戻った。




 個の能力はこちらが勝ってはいるが、数で押されている。

 恐怖を感じない敵軍ほど恐ろしいものはない。歴戦の冒険者ウォーカーがあっさりと妖の前に命を落とす光景を幾度いくどとなく見てきたミレイはそのことを常に心に銘記めいきしている。いや、ここにいる冒険者全員がそうだろう。その上で、素人三人を抱えての戦いはさらなる重圧となり、時間が経てば経つほど重大な過失に繋がる。

 自分やイズールは危機に対処するだけの実力や集中力、胆力もある。だが他の者のことはわからない。ミレイが短期決戦にこだわる理由がそこにある。

 ミレイは繰り出す剣戟けんげきに速度を乗せていく。巧妙こうみょうな足運びでうように妖の群れに飛び込み、敵を分断し後方への負担を軽減する。速度は更に増し、重力を感じさせない身軽さで妖を薙ぎ倒す。

 そしてそのままの速度を維持いじし、ミレイは自陣へ引き返す。ブルの守備範囲が決壊けっかいを起こそうとしているのを視界に捉えたからだ。ミレイが挟み撃ちの状況にもっていき、一網打尽いちもうだじんにしようと行動に移したとほぼ同時にブルが押し込まれてしまう。

(ちっ!見掛け倒しなんだから)

 ミレイは不甲斐ふがいないブルに心の中で悪態をつきながらも最速の技を繰り出すべく態勢を低くする。しかし位置関係が悪く味方を巻き込みかねない状況であるため範囲をしぼる必要がある。味方を避けて敵だけを屠(ほふ)る一撃…今の自分にそこまでの精度が追及できるだろうか?自問と覚悟と決断と、どれが早いというわけでもない。

 全身の筋肉を引き絞り、踏み込もうとした瞬間…。


 妖が蜃気楼しんきろうのように蒸発し大気に霧散むさんしていった。

「環境再設定完了…予定調和式の正常展開確認。影律完了」イズールが両手を前方へ突き出した姿勢で呟く。特定因子を破壊すべく世界に入力された実行式がその役割を終え、視認不可能しにんふかのうな状態まで分解し消滅した。

「はぁー、しんど」イズールは肩を揉み、首を回している。

 大袈裟だと思うのだが、大規模な虚影律は途方とほうもない集中力を要するため、見た目以上に大変な作業らしい。それでもイズールは実戦経験がそれなりに豊富な影律士なので、比較的平気そうだ。術のかなめの部分を担当したイズールより、むしろ補助に回ったロウ=サーの方が疲労は大きそうだ。

 ミレイは味方の損害確認をする。ブルが小傷を負ったくらいで、あとは大したことはなさそうだった。スホイと調査員二人は少し顔色が悪いが問題なさそうである。


「上手くいったようね」最後にイズールとロウ=サーをねぎらう。

「まあ、初めてってわけじゃないしな。ロウ=サーが補助してくれたぶん楽ができた」

「いつもはこんな大技を一人で仕組んでるんですか!」驚愕きょうがくの表情をイズールに向ける。

 影律士でないミレイにそのすごさはわからなかったが、今まで飛び込みの仕事で、即席そくせきのパーティーで行動した時、イズール以上の影律士に出会えることは、せいぜい十人に一人といったところだ。そのなかでイズール並みに近接戦闘もこなす冒険者となってくると、人生で二、三人といったところか。様々な戦況せんきょうに対応できるという点では、ミレイよりも優れた冒険者といえる。研究者など辞めて、一緒に冒険者として荒稼あらかせぎする方が絶対にもうかるのだが、そういう生き方にイズールは魅力みりょくを感じないようだった。


「経験ですよ。教科書通りに虚影律を仕組むと意外に無駄が多いことに気付きます。実戦ではどれだけ早く術を発動できるかが勝負です。だからそういう無駄な部分に気付けるんでしょうね」特別なことではないと言いたげにイズールは頬をかく。

「それじゃあ、皆さんの準備が良ければ、私はさっさと調査を続けたいんだけど…」ミレイは全員の顔色を伺う。公社の人間は更に顔色を青くする。ロウ=サーも少し休みたそうな空気を出す。

「はいはい、わかった。ちょっと休憩きゅうけいにしましょう」万全を期すに越したことはない。ミレイはいつものように自分にそう言い聞かせた。

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