第5話

 翌朝、イズールはいつもより早く目覚めた。隣に寝ていたミレイの布団はすでにからだった。

 昨夜のうちにある程度の準備は済ませておいたが、見落としがないか確認し、いつでも出られるようにしておく。

 朝食は時間になれば宿の人間が部屋まで持ってきてくれる手筈てはずであった。それまでのんびり本を読み時間を潰す。程なくミレイが帰ってきて、朝食を済ませた。

「さて、それじゃあ行きますかな」ミレイは荷物を持って立ち上がった。

 それから二人は宿の外へ行き他の面子めんつと合流し、馬車で街を出た。西の国境方面へ一時間ほど走らせ途中で南に逸れる。景色はますます寂しくなり、岩と切り立った崖ばかりの荒地あれちを更に一時間ほど走り太陽が高い位置に来た頃に、不自然な大木が絡みついた石窟寺院せっくつじいんに辿り着いた。


 この寺院は最近になって発見された先史時代の遺跡だ。封印が施されていたため、長らくその存在を見落とされていた。しかし、経年によりその封印結界もいよいよ機能しなくなり、その姿をあらわにしたというわけだ。

 近年になり、先史時代より続く秘匿ひとくされてきた村里や遺跡の発見報告が各国で相次いでいた。なぜ封印結界による隠蔽工作いんぺいこうさくがされていたのかは今後の調査によって明らかになっていくであろうが、イズールは先史時代に施された結界が寿命を迎えてきていることに危機感を覚えていた。この調子では賢者ヴィトの世界再生影律もいつ効力を失うか分かったものではないからだ。


「それじゃあ隊列を決めましょう」ミレイが率先する。

 この中ではミレイの階級が一番上だったので誰も文句は言わなかった。話し合った結果、イズールとブルが先頭を務め、スホイと調査員二人が隊の中程に、その脇を固める形でロウ=サーとエッダが左右に展開する。殿しんがりはミレイだ。


 寺院なので罠の心配はないだろうが、イズールは慎重に進む。言葉数は少なく、スホイや調査員が声を潜めて話している。イズールたち冒険者ウォーカーを気にしているのではなく、あやかしを刺激しないよう配慮はいりょしてのことだった。それでも調査員たちの声音に興奮の色が隠せないでいることをイズールは感じ取っていた。

 それはイズールとしても同様だった。この寺院はおそらく〈したたもの〉を信奉していたのだ。


〈滴る者〉とは創世とともに生を受けたとされる何かだ。先史時代の初期に信仰されていたとされるが、時代が進むにつれて廃れてしまった宗教の一つである。〈滴る者〉を信仰していた寺院は、後に興隆こうりゅうした新興宗教に買収され当時の面影を失ってしまっていることが多い。近年、セミシケイダで大規模な〈滴る者〉を信仰する寺院が発見されており、多くの歴史的資料や使用可能な影律兵器が発掘されたと報告されている。


 イズールは新発見があるかもしれないと期待すると同時に、これが一企業に独占されてしまうのかと思うと失望もした。

 自分は今、一介の冒険者でしかないのだから、できる仕事をこなそうと気持ちを切り替える。


 遺跡内は非常に綺麗な状態を保っていた。内装ないそうには装飾そうしょくらしい装飾もなく質素しっそなもので、おそらくは規律と訓練が主な目的であったのだろうと感じさせる。さいわいにも寺院の影律装置は機能しており、明かりや空調などが人に反応して自動調整される仕組みであった。

 調査員は寺院内の地図を順調に作成していった。途中で何度か二手に分かれて調査したいとの申し出があったが、ミレイは頑としてそれを許可しなかった。

「いい加減にして。戦力を分散させるだけの余力はない」短気なミレイが苛立いらだちも露わに告げる。「それをどうにかするながあなたたちの仕事では?こんなやり方は効率が悪いでしょう」今度は調査員も食い下がる。他の冒険者たちはあきれた様子であったが口を挟もうとはしなかった。

「私は戦いの専門家として言っているのよ。でも、あんた達が効率と自分の命とを天秤てんびんにかける覚悟があるなら、一人は私に付いて来な」この言葉に調査員二人は黙り込む。顔には不満げな表情を浮かべている。

「申し訳ない。私たちは皆さんの指示に従いますので…」スホイが仲裁ちゅうさいに入り、調査員達をいさめた。ミレイは一度大きく鼻から息を吐き出した。


 調査員からすれば、この中で一番頼りなさそうな見かけのミレイと二人にされるなんてとんでもないというのが本心だろうが、ミレイに一対一で護衛してもらうことが一番安全なのだ。そのことに、おそらくミレイ自身も含め誰も気付いていないことにイズールは苦笑いした。彼女がそうすると決めたのならやり遂げる、ミレイにはそれだけの強さがある。


「そろそろ、つまらないいさかいはやめてほしいな…ミレイ、気付いているだろう」沈黙を貫いていたエッダが唐突に口を開く。それでイズール、ブルとロウ=サーもハッとなる。

「そりゃあ、これだけの大移動なら嫌でもね」ミレイはすでに抜刀している。「イズ、ロウ=サー、エッダは三人を守りつつ後方支援。私とブルで切り込む。異論は?」

 勿論もちろんない。


 全員が静かに戦闘体制へ移行する。それだけで経験豊富な冒険者だと知れる。妖が一匹通路の奥から姿を現したかと思うと、それに続いて次々と湧いてくる。妖の習性として建造物の奥深くへ潜ることが確認されている。良い方に考えれば、寺院の最奥さいおうが近いということだ。悪く考えればこれから正念場しょうねんばだといえる。

 ミレイはおくさず妖の群れに飛び込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る