第4話
食事を終え、皆が
長い入浴を終え部屋へ戻る。ミレイはまだ風呂から帰っていない。先に寝ても良かったが、時間もまだ早いのでいつもの習慣で持ってきていた本に手を伸ばす。馴染みの古書店で購入した
「まーた小難しいもん読んじゃって」
イズールが声の方に目を向けると風呂から帰ってきたミレイが入り口に立っていた。どこで入手してきたのか、
「どうした、それ。
「そんなに
イズールは閉じた本を鞄の上に放り投げ、丸い
「エッダの剣どうだった?」話の切り口としては雑なものだったがミレイは気にした様子なく目を向ける。
「影律兵器ね。私は専門じゃないから能力まではわからないけど、ハッタリってわけじゃないでしょう」
国にもよるが影律兵器は、制限はあるものの個人で所持することは禁止されていない。協会に登録された冒険者であり、かつ国に
ただし、出土した影律兵器のほとんどが破損し機能しないものか、あまりにも強力過ぎるので、規制され国に没収されるかのどちらかだ。
当然イズールもミレイも影律兵器を所持している。ある程度の経験を積んだ冒険者なら誰でも自身の影律兵器を持つために努力するものだ。なぜならそれが冒険者の信用となるだけでなく、生きて帰るための確率を
「ちょっと得体の知れない女だったね。警戒はしておいたほうがいいかもよ」
「まさか…お前ちょっと
「私、あんたは女運がないんだと思っていたんだけど、単に女に甘いだけなんだね」ミレイはわざとらしく首を左右に振り、酒を
ミレイはイズールの女友達や昔の恋人のことを当てこすっているのだろう。そういうところがミレイが男に避けられる原因の一つだと言ってやりたかったが、いくら酒に弱いイズールといえどもそこまで判断力は鈍っていなかった。
「その中に自分が入っているって気付いてるか?」仕方がないのでイズールは第二候補の嫌味をぶつける。
「あらっ、スカばっかり引き続けたあなたの人生の中で、私は数少ない当たりよね」イズールは不毛に思えてきたのでこの話題を打ち切ろうと息を吸い込んだ。
それを見計らったように、扉を叩く音が室内に響く。イズールとミレイは顔を見合わせる。「どなた?」ミレイが声を張り上げる。イズールは隣人から苦情が来ないかと
「ロウ=サーです」
「ああ、どうぞ開いてます」ミレイがイズールに確認もせず返事する。まあいいかという心地で猪口を空けた。
ロウ=サーもイズールたちと同様に風呂上がりのようで、宿の用意した浴衣を着ている。
イズールはロウ=サーに座布団を用意し、座る様に促した。ミレイは酒瓶と猪口を持って窓際に移る。どうやら酒は自分一人で楽しむことに決めたようだ。客人に対する礼を失した態度にイズールは少し呆れたが、二人でゆっくり話せるように気を
イズールとロウ=サーは自分の研究に関する近況を話し、意見交換する。それから共通の知り合いの研究者や大学の教授についての話で一通り盛り上がった後、再びイズールの研究に関しての話に戻る。
「シキ博士は賢者ヴィトの再生術が現代でも可能だと考えているんですね」影律士でもあるロウ=サーは、この手の話にも興味があるようだ。
「そうです」
「しかし、現代の影律士は先史時代の影律士の足元にも及びません。その中でもヴィトは規格外だったと考えられている。なにせたった一人で世界再生影律を成し遂げたのですから」
「
「先史時代末期、外世界から来訪した〈七人の客人〉との
先史時代のことについては、未だに多くのことが謎であった。〈七人の客人〉との戦いで歴史書の類は
シキ家も多くの資料を相続していたが、何代か前の当主が
「ああ、そういえば聞いたことがある話だねぇ」ミレイはぼんやりとした表情を浮かべている。
「当たり前だ。再生影律はともかく、七人の客人に関しては義務教育の範囲だぞ」酒によって破壊されたミレイの脳細胞に、これからする話がどれだけ染み渡るか、イズールは少し不安に思いながら話を続ける。
「そしてここからは先史研究と影律研究の専門的な話だ。実はヴィトが実行した世界再生影律は不完全なものだった。実際は世界の死を先送りするだけの
「はぁ?何よそれ!」ミレイの酔いが
「まあこんなもんは、根拠が示せないなら明日事故で死ぬかもしれないってくらいの意味しかない話だ。大切なのはだ、遅かれ早かれ世界が滅ぶなら、俺たち研究者はそれを防ぐための手立てを考えなければならないってことだ」イズール自身も悲観的な立場の研究者だが、そこで足を止める性格ではない。つまりは諦めが悪いのだ。
「シキ博士はその解決策を
「証明はしていません。まだ過程の段階です。私はいくつかの根拠は示しましたが、その正否はこれからの皆さんの研究にかかっています」苦笑い混じりで訂正する。自身が語ったこと以上のことが自身の功績のように拡散されるのは本意ではない。
「あのさぁ、今さらっととんでもないこと言わなかった?妖が副作用って…その再生術って大失敗じゃん」ミレイの言いたいことは理解できた。妖の被害はどの国でも深刻である。リリステス王国では昨年の
「最悪を回避するための最善策だった。成功とか失敗とかそういう価値観の話じゃない」
賢者ヴィトの英断がなければ世界すら存続していなかったのだろうから…。
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