第3話

 説明会後、公社が手配した宿へ移動した。イズールとミレイは部屋に荷物を置き、夕食のために用意された部屋へ向かう。座敷ざしきに用意された席へ着くと、残りの三人も続々とやって来た。

 そこで初めて自己紹介をすることになった。


「私は、ロウ=サーと申します。出土した影律兵器えいりつへいき保存解析ほぞんかいせき虚影律きょえいりつ研究を専門にしています」

 虚影律。国や地域、人種によっては魔術、神秘術、超能力など呼び名は様々だが、世界を構築する体系システムに命令を下し一時的に任意の現象を引き起こす能力のことだ。虚影律を扱う者を影律士や単に術者と言ったりする。

 また、虚影律を扱うには生まれながらの素質と修練が必要だが、影律兵器は知識さえあれば誰でも虚影律を扱うことのできる道具だ。

 影律兵器は遥か昔、人類が今より栄え高度な文明を有した時代の産物である。当時は戦争で猛威もういを振るった兵器だが、出土したそのほとんどが破損し機能しなくなっている。とはいえ、現代より高度な技術によって作られた製品なので、それを解析し転用することができれば莫大ばくだいな利益を生み出すことになる。

 ロウ=サーのような研究者は非常に優遇されることが多い――外国の話ではあるのだが…。


「こちらは私の護衛を務める冒険者ブルです。少し無口な方ですが非常に腕が立ち頼りになる男です」ロウ=サーが隣に座る大男を指し示す。

 付き合いが長いらしく、こういった仕事の時はよく二人で行動を共にするそうだ。

「ところで、失礼ですがシキ=イズール博士では?」ロウ=サーがこちらに目を向ける。

 この時にはイズールもロウ=サーのことを薄っすらと思い出していた。「ええ、確か二年前の国際会議でお会いしましたね」

「そう。シキ博士はあの年、賢者ヴィトの再生影律と妖の関係について発表されていました。あれは参加者に強烈な印象を残しましたね」

「そうでしたか?まあそんな話、今はいいじゃないですか」イズールははぐらかした。

 専門的な話をすると、興味のない人間から顰蹙ひんしゅくを買うことがあると経験的に知っていたからだ。現にミレイはあからさまに面倒臭そうな顔をしている。

「こちらは、姉のミレイです」イズールはそう言い、ミレイを肘で突く。

「どうも、シキ=ミレイです。弟の護衛やってます。よろしくね」ミレイは無邪気な笑顔を浮かべる。

 「弟の護衛」という言葉を聞いてロウ=サーが微妙な反応をする。それを見たミレイは満足そうな表情だった。


 ロウ=サーの反応は無理からぬことで、ミレイの戦闘力を知らない者は大抵が今の発言を冗談だと捉える。しかし、まぎれもなくイズールは何度もミレイに命を救われている。それ以上に戦闘訓練と称して何度も半殺しにされてもいるのだが。

「いえ、ミレイが言うことは本当です。彼女は三階級の冒険者です」イズールの補足にロウ=サーと、今まで微動びどうだにしなかったブルが少しる。

「まあ、そういうことです」イズールは締めくくった。


 そして最後に残った女に全員の視線が集まる。それまでずっとうつむき加減であったその女が、場の流れを察したようで顔を上げる。

「私の名はエッダ。一介いっかいの冒険者でしかないが、今までの経歴が認められ今回の仕事に参加することになった。よろしく頼む」奇妙な仮面で目元を隠し独特な雰囲気をまとった女だが、無愛想というわけではないようだ。

(決して愛想がいいわけでもないけどな)イズールは心の中で付け足した。

「珍しい剣ね。ちょっと見せてもらえないかしら?」ミレイがうずうずした様を隠さず言う。態勢は既に獲物を狙う猛獣のようだ。

「シキ家の人間の目に留まるとは光栄だ」エッダは苦笑いしながらミレイに剣を差し出す。


 エッダの言葉にロウ=サーがはっとした表情になる。

「もしかしてと思っていたのですが、お二人はあのシキ家の方なのですか…?」

「まあ…そうです」イズールは曖昧あいまいに返事した。

 シキ家は世界的に最も有名な家系の一つだといっても過言ではないだろう。シキの家名を名乗ると事情を知る人間はロウ=サーのような驚いた反応を示す。エッダの物言いはせなかったが、シキ家の姉弟が冒険者をしているということは業界ではある程度認知されているということかもしれない。


 シキ家は先史時代において非常に大きな役割を果たした家系だと言い伝えられている。

 伝承でんしょうによると、いにしえの時代に世界は一度、破滅の危機にひんしたことがある。外世界そとせかいより来訪した「七人しちにん客人まれびと」と呼ばれる者達の侵略。それまで小競り合いを続けていた国々は、〈七人の客人〉に対抗するため国を統一し、総力をもってこれを退けた。

 この連合国を統率とうそつしたのがシキ国…つまり現在のシキ家であったと伝えられている。つまりシキ家は王室の家系に当たるのだ。

 由緒ゆいしょあるシキ家がなぜ今やここまで没落ぼつらくしてしまったのか…この疑問が、イズールが史学や考古学を学ぶきっかけになったといってもいい。 

 〈七人の客人〉との戦いは四百年から五百年前のことだと考えられているが、不思議なことにその戦いから近代までの歴史は断絶され、そのほとんどが伝わっていない。

 シキ家にも伝えられている話はあるものの、あまりにも断片的すぎていまいち要領を得ない。

今ではシキ家のことだけでなく、この世界に何があったのか、〈七人の客人〉とはなんだったのか、様々な謎がイズールの知的探究心ちてきたんきゅうしんを刺激し研究の原動力となっていた。


「どうもありがとう、エッダ。良い剣ね」ミレイは愛想よく剣を返却するが、目は真剣だった。なかなかの業物わざものということだろう。

 間もなく運ばれてきた懐石料理かいせきりょうりよりエッダの剣の方がミレイの気を引いたのは明らかだった。

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