第2話

 明朝、王都ヨミステリから馬車に乗り、途中で寄った町の〈渡りの回廊〉支部で二度、馬を取り替え、同日の日が落ちた頃にイザービャに到着した。

 かなりの強行軍ではあったが、ミレイが言うには今日の晩には依頼主との顔合わせがあるらしい。


「なんでそんなにギリギリなんだよ…」イズールは窮屈きゅうくつな馬車に揺られながら隣に座るミレイに目をやる。

「求人期間が短かったのよ。私も昨日、王都に帰って来てその時に知ったんだから」ミレイが求人票の写しを渡してくる。

 協会の掲示板で張り出されている求人票は依頼主や企業名など一部伏せられていることが多いが、今渡されたものは協会に求人手続きをし、全情報が開示されたものだった。それに目を通すと、確かに募集期間が五日間となっている。それよりも気になったのが依頼主だった。

「ゾーイ貿易公社ぼうえきこうしゃ、聞いた名だ。確か最近発見された遺跡を買い上げたとか」イズールは記憶の隅から情報を引っ張り出してくる。


 一部後進国を除いて、本来国内で発見された古代遺跡は国の財産とし、国の管理のもとで調査発掘が行われることになっている。しかし先進国であるここ、リリステス王国では、財政状況がかんばしくないためか一般企業の買取りを推進している。そのため、貴重な遺跡が破壊されたり、発掘された貴重な遺産が好事家こうずか蒐集家しゅうしゅうかに流れ、そのまま行方知れずになることも少なくない。そういった事情から、最近も他の先進国から非難声明が出されたばかりだった。


 リリステス王国では近年目先の政策ばかりで、長い目での政策はほとんど打ち出されていない。前述の古代遺跡の件もそうだが、直接国の収益につながりにくい研究費も減額、最悪打切りということもある。イズールもその影響を受けている研究者の一人といえる。


 イズールが専門としている分野の一つである考古学関連の研究は、隣国セミシケイダでは非常に重要視されており予算も潤沢じゅんたくだと聞く。そのこともあり、多くの専門家が国外へ流出しており、家族には相談していないが、イズールも最近では本気で国外移住を考えていた。


 イズールは求人票の応募資格欄にふと目を留めた。『史学、考古学、文化遺産等の専門課程の修士号修得者、または同専門機関や企業で研究職に五年以上従事した者。さらに冒険者認定資格四級以上、もしくはそれに準じる経歴を持つ者』

「おいおい、なんだこれ!俺もお前も募集資格を満たしてないじゃないか。というか、こんな条件を満たしてる奴なんているのか?」イズールは驚いた。

 遺跡調査には常に危険が伴い、遺跡荒らしなどの野盗、あやかしと呼ばれる化け物(厳密げんみつな定義はあるものの、イズールはこの表現が一番近いと考えている)による被害が多発している。だが、研究者でそれらの危険に対応するための技能をもつ者は少ない。研究者のほとんどが冒険者や傭兵を雇って対処する。


 イズールは少数派の一人といえるが、冒険者認定資格は五級だ。それでも二十四歳という若さでイズールの経歴は破格はかくといえるだろう。冒険者として生計を立てている者の中でも二十代で五級に昇級できずくすぶっている者は山ほどいるくらいだ。

 ちなみにミレイの階級は三級で、現在リリステス王国の二十代では唯一の三級以上の保持者である。王国全体では約二十人の内の一人ということになる。

「いいのよ。私たち二人で条件を満たしてるから。そこに書いてあるでしょうが」ミレイの指差す部分に目を向ける。たしかに、パーティーとして条件を満たす場合でも良いとある。

 こんな求人にどれだけの人員が集まるのだろうか?イズールは一抹いちまつの不安を抱いた。




 時間がぎりぎりだったので、イザービャに着いたその足でゾーイ貿易公社に指定された集合場所へ向かった。指定された場所は街外れのさびれた界隈かいわいにある石造りの粗末な建物だった。

 入り口で係員に協会からの紹介状とそれぞれの冒険者証明書を提示した後、中に案内された。

「夕飯ぐらい振舞ってもらえるのかと思ったけど、そんな雰囲気ふんいきじゃないわね」無機質な大部屋に通され、その場の状況を逸早いちはやく汲み取ったミレイ。

 おそらく現在は倉庫として使われているのであろうその部屋には、棚や木箱に布が被せられ壁際かべぎわに押し込まれている。それでも部屋には十分な空間を残しており、三人の男女がむっつりと押し黙った表情で椅子に腰掛けている。確かに和気藹々わきあいあいと夕飯の席を囲もうという雰囲気ではない。


 イズールたちも先客にならって部屋の隅に積まれている椅子を持って来て腰掛けた。それからさりげなく周りの人々を観察する。

 一人は明らかに歴戦の戦士といった風体ふうていの大男で、さやに収めた大剣がそばの壁際に立てかけられている。今は身軽な服装であったが、服の下から見てとれる肥大した筋肉が鎧以上の役割を果たしてくれそうではあった。イズールもかなり鍛えている方だが、この男に比べれば華奢きゃしゃな体格に分類されそうだ。

 対照にその隣の男は細身で学者然とした雰囲気をかもしている。なんとなく見覚えのある顔だ。もしかしたら学会か何かで顔を合わせる機会があったかもしれないが、イズールは思い出せなかった。そんなことを考えていると相手がこちらを振り向き、不意に目が合う。相手がイズールを認知しことが反応から伺えた。なんとなく気まずい心地のままお互い会釈えしゃくする。

 イズールは目を逸らし、最後の女に目を向けた。

 女は交流を避けるように一人離れた場所に掛けていた。目元を覆うデザインの仮面のような物を付けており表情ははっきりと読み取れなかった。外ハネの髪型かと思ったが、よく見ると髪の毛ではなく耳だった。西の遊牧民に稀にみられる少数民族だろうか。そういう目で見ると服装にも民族的な雰囲気を感じる。腰部ようぶには湾曲わんきょくした短剣を携行けいこうしている。湾曲した刀身からさらに三本の刃が飛び出しており、剣としての機能は期待できそうになかった。

 武器マニアのミレイは興味深そうにその短剣を凝視ぎょうししてはいたが…。

 仮面に隠された目元と斜向はすむかいに座る位置取りから相手の表情を伺うのは困難であったが、ミレイの視線に相手の女は気付いているのではないかという気がした。 


 ちょうど人間観察を終えた頃に、ゾーイ貿易公社の説明係と発掘現場の担当者が入室してきた。説明係がヅベケ、現場担当者がスホイと名乗る。

 はじめにヅベケが、集まった全員に礼と本社で説明会を行う都合がつかなかったことに対しての謝罪を行う。交通費や宿泊場所等の経費はすべて公社の負担であると説明があった。

 次に今回の依頼内容は、遺跡内に巣食う妖の駆除と罠の解除、同行するスホイと公社の調査員二名、計三名の護衛ごえいが主なものだ。遺跡保存の観点から妖の対処には専門家の助言に従い、遺跡の損壊を防ぎつつ、今この場にいる人員で協力し対処すること。

 最後に今回の依頼の報酬に対する説明がされ、問題なければ契約書を交わすことになった。辞退する者はおらず全員が契約書に署名する。

 その後、スホイが依頼内容に対する注意事項の説明を始めるが、この手の仕事につきものの決まり切った文言もんごんだったので聞き流した。

 質問する者もおらず、説明会は終了した。

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