渡りの回廊
ママミヤジギ
渡りの回廊〈渡りの回廊の冒険者〉
第1話
湯呑み茶碗を口に運ぼうと持ち上げた時、シキ=イズールは今日二杯目の珈琲が底をついていたことに気が付いた。
時間はすでに昼時を過ぎており、そろそろ腹に何か詰め込もうと席を立つ。机の上の研究資料や書籍を片付けようかとも思ったが、誰に文句を言われるわけでもないのでそのままにしておいた。
賃貸している研究室兼自宅には粗末な食べ物しか置いていないことがほとんどだ。本当なら街に繰り出し、栄養価の高い美味い物でも口にしたいところだが、どうしようもなく金がない。
祈るような思いで食料棚を覗き込む。ありがたいことに、薄い種無しパンに野菜クズと干し肉が残っていた。野菜と肉をパンに挟み込み、無造作にかぶりつく。口の中にどうしようもないくらいの虚しさが広がるが、
食事を終え、今日三杯目のコーヒーに
姉のミレイは暇な時、王都の貧民街の入り口に位置するイズールの家と、王都領内にあるシキ家の屋敷を行き来していることが多い。定職についているわけではなく、
研究一本で生活することのできないイズールにとっては、姉の
夕方には、食材の買い出しついでに、協会の仕事依頼が張り出された掲示板を見に行こうかと考えていると、背後に気配を感じイズールは慌てて振り返った。
「自分の家だからって気を抜きすぎよ」短く切り
「心臓に悪いから、こういうのはやめてくれっていつも言ってるだろ」イズールは一応
しかし、ミレイが気配を消し家に入ってくるなど毎度のことであり、本人曰く、特別意識してやっていることではないらしいので、注意したところでどうしようもないとのことだ。それでも文句の一つでも言わないと割に合わないという気持ちで、イズールも毎回抗議することにしていた。
「毎度毎度、同じこと言って飽きない?そろそろ
「諦めが悪いってのは、研究者に必要な資質だ」負けじと言い返す。
ミレイは一度肩を持ち上げ仕草をした後、腰の武器をソファに放り投げ、ポットに自分の分の珈琲を注ぎに行く。
「それよりさ、ちょっとおいしい仕事があるんだけど、明日から付き合わない?」向かいの席に腰掛け、ミレイがにこりと笑う。
疑問形の発言ではあるが、その
「そうだな、まあいいぜ。俺もたまには運動しないとな」
「決まりね。それじゃあ明朝、イザービャ行きの馬車を協会が手配してくれるから」
「えっ!イザービャ?」
イザービャとは、王国領内の
噂の真偽はともかく、ミレイはかつてイザービャの違法な人身売買組織と
しかしそれも、相手の本拠地に乗り込んで行くとなると話は別だろう。いかにミレイが一級の
「お前、頭おかしいんじゃないか?」イズールは姉に対して常々抱いている意見を率直に述べた。ミレイは心外そうな
「なんでよ。私はいい加減、追っ手の相手が面倒になってきたから、仕事のついでに根本的解決を
どうやらまだミレイへの追撃は
「お前、頭おかしいんだな…」イズールは中空に向かって吐き出した。
「はーん!これだから嫌なのよ、高学歴様は!すぐに人のこと見下しちゃってさ」
「学歴うんぬんじゃなくて、お前の場合は根本から狂っているような気もするが…」
「とにかく、あんたには明日から私の手伝いをしてもらうからね」右の口角を持ち上げ笑顔の表情を作ってはいるが目は笑っていなかった。
「協会の仕事は良いが、マフィアとの抗争だけは絶対に手伝わないからな」イズールは背筋に薄ら寒いものを感じながら釘を刺す。できることなら姉のムカつく眉間に釘を直接打ち付けてやりたい気分だった。
「そういう危険な事は兄さんに頼め」
シキ家にはもう一人兄がいる。最年長であり、現当主のシキ=ロエンだ。かつてはロエンも冒険者として世界に名を
あの強さだけは伝説に
「そりゃあ、兄さんが来てくれれば、私が観光してる間に犯罪組織なんて壊滅させちゃうでしょうね。で?誰が命がけで兄さんをイザービャまで引っ張てくるの?」
つまりミレイにとっては、犯罪組織を相手にするよりもロエンにお願いを聞き入れてもらう方がよっぽど困難だという認識なのである。
それはイズールとしても同感ではあるのだが、それならミレイ一人で頑張ってくれという話ではある。だが悲しいかな、イズールは兄弟の中で
自分はただ、降りかかる
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