メンヘラ少女の憂鬱

 自分の部屋の扉を開けると、妹が突っ立っていた。虚ろな目は焦点が合っておらず、ぶらんと垂れ下がった右手には包丁が握られていた。

「宇都美、何してるの?」

 妹の宇都美は何かすることもなく、ただぼーっと佇んでいた。声をかけても特に反応がない。

 なぜ私の部屋にいるのか。なぜ包丁を持っているのか。


「宇都美?」


 もう一度声をかけた瞬間、いきなり目線をこちらに向け、包丁の刃先を差し出して迫ってくる!

 私は咄嗟に身を翻して逃げ出すも、背中をズバッと斬られた感触がした。幼少期から愛用していたこのパーカーも破けているだろう。


 ただ事ではないこの状況だが、もはや思考を巡らす隙もなかった。訳も分からず玄関の方へ逃げ出すと、家にいなかったはずの両親が待ち構えていた。ますます訳がわからない。

「お父さん!?お母さん!?」

 息の上がった声で呼びかけるも反応がない。背後からゆっくり階段を降りてくる妹の足音が聞こえる。


「ちょっと…」

 両親の間を無理やり抜けて外に出ようとする。しかし両親が途端に動き出し、私は瞬く間に羽交い締めにされた。

「っ…!」

 大人二人の力には到底抵抗できない。やがて妹がやって来る。


 両親が妹の姿を視認すると、私を地面になぎ倒す。そして妹に馬乗りにされる。

「お姉ちゃんは、生きる価値がない」

「生きる価値がない」

「価値がない」

 今まで口を開かなかった3人は、口々にそう言った。


「お姉ちゃんは、死ぬべき人間だ」

「死ぬべき人間だ」

「死ぬべきだ」

 3人は口々にそう言った。


「死ね」

「死ね」

「死ね」

 妹は持っていた包丁を高く振り上げ、私の首元に勢いよく振り下ろす…!



「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

 腹から叫びながら身体を瞬時に起こすと、目の前には見慣れた自室の光景が広がっていた。


 夢だった。



 7月14日。

 毎日のように雨を降らせた梅雨も終わり、すっかり暑い気候に変化した。

 蒸し蒸しした室内では、身体中に汗が滴ってしょうがない。この気分の悪い感覚が、あの悪夢を呼び込んだのだろうか。


 今の時間を確認しようと、枕元に置いてあるスマホを手に取る。しかしホームボタンに手をかけたところで思いとどまる。

「んん……、、」

 昨日寝る前に、部長に部活動を無断欠席してしまったことへの謝罪を、LINEに長文で投下したのだった。

 「お前はなぁ、人間として終わってるなぁ。とっとと退部して死ねや」と過激なメッセージが来ているだろうか。ブチ切れられるのは辛い、もう部活に行けない…。

 もしくは「ん、次からは気をつけろよ」と戒めの短文が来ているだろうか。暗にブチ切れていることが透けて見えて辛い、もう部活に行けない…。

 

「……、っ…」

 スマホを見るのはやめよう。返答を確認できる気力がない。今は寝て、目覚ましのアラームともに起きよう。

 そう考えて、スマホを手放して横になった。


 しかし…暑くて寝れない。

 暑い。

 近年急速に進んでいる地球温暖化。もう私は、人間だけでなく、地球からも嫌われているんだ。地球が私を苦しめているんだ。「お前が俺の上に存在するのは46億年のプライドが許さん。太陽系の彼方へ消え失せろ」と、地球から言われている気がする。

 自分はクズだ。

 だから暑いのは当然の報い。

 でも暑いのは辛い。

 生きているのが辛い。

 辛い辛い辛い。

 ……。

 そんなことを考えているうちに、いつのまにか眠りに落ちていた。



「🎶🎶🎶ー」

 スマホから賑やかなマツケンサンバⅡのイントロが流れる。7時にセッティングした目覚ましだ。

「んん……、」

 スマホの電源ボタンを押し、アラームを止める。睡眠中に一度覚醒したせいで、目覚めが悪い。


「おはよう」

「おはよう…」

 リビングでお母さんと挨拶を交わす。テレビからは朝のいつもの番組が流れていて、問題発言した議員が辞職するとか何とか言っている

 家に置いてあったポケモンパンを朝食にする。朝はお腹が空かないので、この程度の量でも十分だったりする。

 封を開けて、さっそくポケモンシールを開封。最近ポケモンシール収集にハマっているが、かわいいポケモンが全然出てくれない。イーブイをくれ、イーブイを…


 ベトベター(アローラのすがた)だった。

 いらない。



 部屋にも戻って、学校の支度をする。机に貼ってある時間割りを見ながら、教科書とノートがカバンに入っているか再確認する。そしてクローゼットから制服を取り出して着替える。

 窓の外から「死ね死ね死ね死ね」とセミが鳴いているのが聞こえてきて、ますます憂鬱になる。私はセミより存在価値がないのだ。


「行ってきます」

 玄関の扉を開けると、呆れるほど青い空が広がっていた。今日もまた同じ一日が始まる、生きて帰れるかはわからないけど。


 

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