野球と一切関係ないのに野球で比喩表現するため内容が全然頭に入らないラブコメ

「起きて…」

 俺の耳元で囁き声が聞こえる。

「お兄ちゃん、起きて…」

 可愛いウィスパーボイスに癒されて、ますます眠くなってしまう。

「起きて、起きてってば…」

「あと2分ー」

 もう少しだけ寝かせて…。

「起きてよぉ…」

 ファーストでの判定はどう見てもアウトでバッターランナーの周東もあっさりベンチに帰ったにも関わらずリクエストを要求した工藤監督のような、執念強い目覚ましである。

「あと5分ー」

「………」

 突然声は聞こえなくなった。これでゆっくり眠れるな…そう思った瞬間


「起きてっ!!!!!」

 バン!

 何か硬いもので思いっきり股間を殴られた。

「いてええええええええええええええええ!!!」

 ファウルチップが股間に直撃して倒れ込んだ甲斐拓也のような痛みに襲われる。俺は寝ていられなくなって思わず飛び起きる。

「お兄ちゃん、こうでもしないと起きないんだもん」

 目の前には、片手に広辞苑を持った妹が立っていた。

「それにしても、やり方ってもんがあるだろ…」

 自打球が股間に直撃して睾丸破裂していたにも関わらずプレー続行したハニガーのように、俺は立ち上がって言った。

「今日は試験だから、学校に行かないとダメでしょ?」

 妹の言う通り、今日は学校の定期試験の日だった。それで昨日はほぼ徹夜で勉強したので、ものすごく眠いのだ。

「試験だからこそ、ギリギリまで寝たいんだ」

「試験だからこそ、時間に余裕をもって学校に行かないといけないでしょ?」

「いや、でも

「問答無用!」

 楽天のブラッシュのバッティングフォームのように広辞苑を構えながら、表面だけの笑顔を繕ってそう言った。あの構えからフルスイングされたら股間が場外ホームランする。

「わ、わかった!起きるからやめてくれ!」

 これにはリクエストで判定が覆ったことに審判に文句を言いに行くも言い過ぎると退場になるので仕方なくベンチに戻った平石監督のように引き下がるしかなかった。



 俺は田中蓮。どこにでもいる防御率4.20くらいで一軍二軍を行ったり来たりする敗戦処理リリーバーのような高校2年生だ。

 洗面所で顔を洗って、朝食を食べにリビングへ向かう。

「ご飯できてるよ」

 そう声をかけてきたのは、先ほど俺に強烈な一発を叩き込んだ中学3年生の妹、田中結衣。頭が良く容姿端麗という、まるでサービス満載で至る所が綺麗な福岡ヤフードームのように非の打ち所がない存在だ。

 リビングの机に目をやると、いつもの卵かけトーストとサラダが2人分セッティングされている。

 俺はバッターボックスに向かうバッターのように悠然と歩き、いつもの席に着く。


「「いただきます」」

 2人で食事を始める。実は両親は外国で働いているので、俺と結衣の2人暮らしである。

 程よく温められたトーストを口に運ぶ。すっかり食べ慣れた味だが、朝はこれくらいサッパリした食事で丁度いい。

「今日の試験、大丈夫?」

 結衣が初球からいきなりインコース低めストライクを投げ込んできた。

「いやまあ、大丈夫だろ」

 トーストを咀嚼しながら、少し狼狽えて答える。

「じゃあ今から問題出すから答えてね」

 そう言って、俺が作るだけ作ってそのへんに放置していた暗記カードを手に取る。あれを作るのに試験勉強のエネルギーを使い果たしてしまったようなものだ。

「倫理の問題。問答法によって無知を自覚して真理を探究することを説いた哲学者は?」

 2球目はストライクゾーンギリギリいっぱいのストレート。何だっけな、ペゲーロとかゲレーロとかマレーロとか似てる名前の外国人選手を区別するのと同じようなややこしさがあるんだよな。

「んー、アリストテレス?」

 俺は渾身のスイングで当てに行くが

「ぶー。ソクラテスです」

 芯を外した打球はショートゴロになった。

「ソクラテスデス?」

「ソ・ク・ラ・テ・ス!」

 俺のとぼけた回答に、多和田が初回から連続四球を出したのを見ている辻監督のように呆れた表情で、妹は正しい名前を強調した。


 その後も試験の話が続いて「さっき大丈夫って言ったよね?」などと責められたので、広島が5月の連勝で稼いだ貯金を6月以降急激に失ったように、俺の虚勢を張った自信は消えていった。

 本当にこの妹は…。セミロングの整った髪型も、大きくて丸くて愛らしい目も、身長は低いのに女性的になってきたスタイルも、どれも魅力的なのだが。もっと従順な性格だったらいいのに、冷徹な性格のせいで損をしている、と思う。


 朝食を終えた俺たちは着替え等の準備をして、玄関に向かった。

「今日はお兄ちゃんが先に帰るよね?」

「そうだな、試験で昼までに終わるから」

「じゃ、鍵よろしくね」

 そう言いながら結衣は、靴に足を入れて靴紐を結ぶ。この前までガキだったのに大きくなったなぁと思いながら、お尻を見ていた。

「いってきます。お兄ちゃん、試験頑張ってね!」

「お、おう」

 不意に現れた妹の笑顔に、プロ通算10本のヒットのうち7本がホームランだった杉本ラオウのような、何か惹かれるものを感じてしまった。

 結衣は玄関の扉を開け、この前一軍に上がってきてそこそこ打ってたのにしれっと二軍に落ちていた杉本のように、すっと姿を消した。


「たまに可愛げのあるところ見せるんだよなアイツ…。たまに、だぞ!うん」

 そんなことを呟きながら、ライナー性の当たりをそのままスタンドに運んでしまう杉本のエグいホームランを見たような気持ちで、学校へと歩き出した。

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