第5話 解析

 夢で見た人物や物を、現実に持って帰る方法がある。ネットで見かけた都市伝説。いや、都市伝説ですらないのかもしれない。誰かが注目を集めようとでっち上げた戯言レベル。

 世の中は暇人だらけだ。昔に比べると平均寿命は跳ね上がり、きっとその分濃度は薄まった。そんな暇人たちが、なんとか暇をつぶそうとネットに群がる。その青い光が盲目的だと気付いていても構わない。それほど暇なのだ。

 いや、実際にはやるべきことは沢山ある。レポートを書かなきゃいけないし、バイトだって探さなきゃいけない。そういえば、この間コンパに来ていた女の子にメールも送らなくては。

 だけど、そんなことも全部内包した上で、暇なのだ。生きていくのに飽きたと言ってもいい。生まれてから二十年でこの心境だと、死ぬまでに何度悟りを開けるのか。

 まあそんな人たちが集まって、この都市伝説もどきを検証してみようという話になった。

 夢、睡眠時に見る夢について、薄っぺらい情報が書き込まれる。

 夢とはレム睡眠時に見るものである。脳の情報を整理する、デフラグのような役割をもつ。といった当たり前の情報から、忘れるはずの夢を記録し続けると気が狂ってしまう、といったそれこそ都市伝説な話まで、匿名の同志たちによってまとめられていく。

 僕も自分で調べてみた。ただし、普通に検索しても同じような結果しか得られないので、某匿名掲示板の過去スレッドから気になるワードを抽出して検索。

 以下がその結果になる。なかなか面白い。

 夢を自在にコントロールできるようになるという「明晰夢」。夢を見た状態で意識だけ現実世界に戻す「幽体離脱」。夢から他人の運命にアクセスし、パラレルワールドへ移動することができる「夢現思考むげんしこう」。

 やはり世の中は暇人だらけだ。こんなライトノベル的な発想を、本気で研究する学者までいるらしい。

 それぞれは暇人たちが群がるに相応しい中二病的設定であり、実践をレポートするものもいた。大概は途中で飽きてしまったのか、中途半端な所で途切れていた。

 僕は、自身の理解のため、それぞれを記録した。

 まず明晰夢。夢の中で夢と自覚すること。こんなこと、自分にもあったような、なかったような、そんな既視感にとらわれた。夢と自覚できれば、夢の中で自由に行動できるようになり、さらに訓練を積めばその夢のストーリーを自在に変化させられるという。

 夢の中で夢と気付くためのトレーニング法が紹介されていたり、この音楽を聴きながら眠ると明晰夢を見ることができる、と謳われた高価なCDまで売られていたりする。

 一応理屈として、脳は活動しながら身体は休んでいる状態をレム睡眠と言い、その状態が夢を見ている状態となる。その脳の覚醒度を、目覚めない程度まで高めるとそうなるらしい。なるほど、納得できなくもない。実際、これには多くの体験談などもネット上に転がっている。

 そして、幽体離脱。脳の覚醒度が極限まで高まり、だけども眠っている状態になると、夢が現実のように鮮明になる。夢が色を持ち、温度や匂いといった五感を感じることができる。本当は夢の中なのだけれど、まるで意識だけが抜け出たように感じるほどリアルな夢。体験者は幽体離脱したと錯覚してしまうらしい。さらにその錯覚に基づき夢は形成され、眠っている自分を俯瞰することもできるという。それらは全て夢とする説と、この時点で本当に幽体離脱しているとされる説がある。

 さらに夢現思考。全ての人の運命が記録されているというアカシックレコードと夢が繋がっていて、他人の運命を断片的に体験している状態、それを夢を見ている状態と仮定し、夢から他人の運命にアクセスできるとする考え方。他人とはもしもの自分でもあり、夢を介してパラレルワールドや異世界に行くことも出来るという。異世界に行く方法、という情報がまとめられ検証されていることに、僕は少しだけ驚いた。誰がこんな退屈な世の中にしたのだろう。必死にならずとも生きていける素晴らしき世界は、もはや綻びを隠せない。

 とにかく、こういったオカルト色の強いものほど、ネットの住人たちにとっては格好の餌食である。 

 さて、もうすでにここまで情報が溢れている中で、僕たちができることはあるのだろうか。まあ、僕たちの目的は暇つぶしだ。面白そうなものがあればやってみる。飽きたらやめる。それで十分だろう。本当だろうが嘘だろうが問題ない。少しでも人生を消費できる、それだけで行動に移す価値はある。

 実際に行動するよりも、僕はこうやって何かを調べている時間の方が好きだ。

 知識欲、それとは少し違う気がする。物事の裏側を知りたい。僕はきっと、表面的な情報であふれ、表面的な付き合いが蔓延しているこの世の中が嫌いなのだ。そして、それにどっぷり浸かっている自分も嫌いだ。この世からの抜け出し方を探しているのかもしれない。

 こんな考え方が普通ではないと思ってはいる。いわゆる普通の学生生活を過ごしていても、それなりに楽しくもある。だけど普通という概念こそ、ただの作り物でしかない。

 そういえば、似たような奴を大学で見たな。ミツキと呼ばれていただろうか。あれはきっと僕と同質だ。いや、みんなその部分を上手く隠しているだけで、本当は一緒なのかも知れない。隠し続けられれば、それは無いと同義である。僕たちはきっと、それが下手くそなだけだ。

 これが僕、一式紡が夢の世界に迷い込んでしまったきっかけだった。後悔はしていない。むしろ、この世から抜け出す足がかりができて、僕は本望だ。

 

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