第3話 存在意義

 リズミカルな打鍵音が室内に響く。カタカタカタ、タン。

 どんなに重い言葉を放つときもこの音は一定で軽い。だからどんなに無責任な言葉も躊躇いなく放たれる。

「ミツキ、ダンジョン行こうよ」

「回避スキルの高いDPSが必須なんだわ」

「ニート様のPS、見せてくれよ」

 文字で会話が飛び交い、パーティーへ参加するかどうかのポップアップが表示される。

「だから、俺はニートじゃないっての」

 二秒で抗議文を打ち、パーティに参加する。

「そんな廃人装備カンストさせといて、よく言うよ」

「そういえば、次のアップデートで新シナリオ来るらしいね」

 会話をしながらも、それぞれのキャラクターはダンジョンを駆ける。

 俺が操るキャラクターは長い日本刀を腰に下げ、青い髪を揺らしている。ときおりグルグル回転して周囲の敵をなぎ倒しながら、最短ルートを進み最深部へ。何度も通った道だ。

 奥の部屋に入ると、重々しい鎧を纏った巨人が咆哮する。わらわらと出てくる敵を殲滅し、巨人の鉄槌をひらりとかわす。間合いをとって居合い切りを放つ。光った斬撃が飛翔する。

「ミツキ、ソロでも行けるんじゃねw」

 少し口の悪いタンクは、まさに盾役といった風貌の大柄オーク。頭の上にはドルと名前が表示され、ギルドマスターの証しである王冠マークが光る。

「こいつ、範囲攻撃が広すぎるから下手なアタッカーは巻き込まれて詰むんだよね」

 そういいながら、ドルに回復魔法を唱えつつ、的確な回避行動をとるアスカ。長身のエルフはフリフリのスカートを揺らし、踊り子のように舞う。

「野良パーティーは地雷が多すぎてムリゲー」

 強化魔法が切れないように、全員のバフ管理をしながら弓の遠距離攻撃を挟む。忙しい役割を難なくこなすロリっ子ドワーフの自称自由業ノブヲ。こいつこそニートだと俺は思っている。

 

 大げさなムービーを挟み、その巨人は最終形態へと姿を変えた。スキップできない演出はストレスでしかない。

 地面に赤い円が次々と表示され、隕石が降り注ぐ。当たれば即死レベル。それはランダムに見えるが、実は法則性がある。ここは完全に覚えゲー、初心者は予習必須。

 俺たちはその攻撃をすいすいとかわし、狂戦士となった巨人に攻撃を繰り返す。

 ミツキの刀が赤く光り、残像を残して連撃を繰り出す。雄叫びを上げ、巨人がどすんと倒れる。

 問題はここからだ。

「出た!」

「わーい」

「キター」

 金色の宝箱が表示されていた。こいつが落とすレアアイテム。ここの金箱は現時点で最強のシリーズ装備が入っている。全部揃っている俺でも、これはうれしい。マーケットに出せば高値で売れるし、分解して素材に変えても美味しい。

 これを全身揃え、さらに最大限まで限界突破しておかないと、新しいダンジョンでは相手にもされないだろう。何十周、いや何百周といった周回が必要なのだ。

 これこそが、MMORPGの醍醐味だと俺は思っている。課金してガチャを回しまくって最強になれるなんて、最近のゲームはおかしい。  

「さあ、もう一周いくか?」

 俺は少し楽しくなっていた。さっきノブヲが言っていたように、野良ではクリアできずにストレスが溜まるだけだし、かといってサクッとクリアできるプレイヤーが揃うことも稀だ。

 俺の所属するギルド「エターナル」は中規模ながらも初心者が多く、エンドコンテンツのインスタンスダンジョンに潜れる人員は少ない。カンスト勢はもっと上位のガチギルドに移籍してしまうからだ。

 このメンバーで周回を繰り返したかった。

「悪いな、今日はここで落ちるわ」

「俺も。明日朝早いのよ」

 画面に虚しく表示される文字。

 ――ドルがログアウトしました。

 ――ノブヲがログアウトしました。


「みんな、現実世界に帰っちゃうんだね」

 アスカがくるくると踊るモーションをしながら、呟いた。

「わたし、帰りたくないな」

 多かれ少なかれ、こういったゲームにハマるやつは、現実を逃避している。ヒマだからなんとなくゲームってところから、現実世界リアルを放棄するところまで行ってしまったやつだって、少なくない。

「帰る居場所があるなら帰った方がいい」

 俺はらしくない言葉を吐いていた。オンライン上に表示される名前しか知らない少女、いや、性別すら知らない他人に対して、なんでこんな気持ちになるのだろう。

「ミツキって意外とマジメなんだね。自分だって帰んないくせにさ」

 俺はなんで帰らなくなったのだろう。もちろん、寝るときやご飯、トイレのときは現実世界に帰らざるを得ない。最低限の収入を得るためのバイトにだって行く。しかし、それ以外の時間はすべて、ここにいる。

 何気なく、俺は画面に張り付いた視線を、窓へと向けた。少し明るくなり始めた空に、信号機は止まれのサインを出している。誰も見る者がいないその赤信号は、俺の心を少し寂しい気持ちにさせた。

「私さ、大学留年しちゃった。そりゃそうだよね、授業に出ず、ずっとここにいたもん」

 ここにいる間も、時間は確実に流れている。俺にとってはどうでもいい一年でも、しっかりしなきゃいけない一年の人だっている。

「留年したって別に終わりじゃない。また、やり直せばいい」

 本当に俺はどうしてしまったのだろう。適当な言葉を並べ、話を聞き流して傍観すべきだ。留年なんて、ここでは珍しくもない。

「親が帰ってこいってさ。大学やめて、つまんない田舎で働いて、ありきたりな結婚して終わるんだよ。わたしの人生」

 そこに幸せはないのだろうか。少なくとも、ここにいるよりは普通の道を歩める気がする。そんな道が選択肢にない人間だっている。

「ごめんね、つまんない話で。ミツキはいつも初心者に優しく、そして強かったよね。最後のダンジョン、楽しかった」

 そうか。この子は俺に話をしているんじゃない。ゲームのなかの「ミツキ」に話をしているのだ。

「しばらく休んだら、いつでも戻ってこい。俺はいつでもここにいる。また一緒に、ダンジョンへ行こう」

 希望、そんな大層なものではない。ビー玉が放つような安っぽい光を、少しでもこの世界に求めるのであれば、その住人として俺は応えよう。だからこそ、この子は最後に「ミツキ」を選んだのだ。

 

 ゲームの世界では、プレイヤーがいるからこそ、そのキャラクターは存在できる。意志をもって動くことができる。

 ミツキでは無く、光樹である俺に、プレイヤーは存在するのだろうか。それとも俺は、現実世界ではただのMOBなのだろうか。

「ミツキも現実世界に帰った方がいいよ。きっと、君ならうまく歩ける」

 その文字を残し、この世界でアスカだった少女は、別の世界に移動した。今後おそらく、俺の世界と交わることはないだろう。

 ――アスカがログアウトしました。

 俺はまた、無意識に交差点を見つめていた。赤だった信号が、青色に変わる瞬間だった。 

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