第11話 お芋のファンファーレ おいも男爵の話
タイトル『お
主人公『おいも男爵』
キーワード『やきいも』『宇宙』『ふわり』
「ねぇ、私たち、今のままでいいのかしら」
「え?」
もう、11月に入っているのに、僕はまだ、あの寒い冬が訪れるなんて信じられない。
コーヒーショップのロゴが描かれたウインドウ越しに、街路樹の葉が小刻みに揺れているのが見える。
それまで、僕らは温かい太陽の光と、コーヒーの香りに守られて穏やかな午後を過ごしていた。
そう、僕には信じられない。
木枯らしが冷たい空気と、寂しさを運んできても。
木々が紅葉して色づいても。
地球が休まずに回っていて、季節はめぐると知っていても。
なぜ、信じられないんだろう。
冬が来ると。
「どうして、そんなこと言うんだい?」
僕は、鼓動が早くなるのを隠して、わざと低い声でそう言った。
幸い、真っ赤になった耳は、うまい具合に、かぶっているもので隠せているので安心だ。
しかし、正直な僕は表情を偽るなんてできない。
彼女の目から視線をそらした先で、店に入って来たばかりの客と目が合い、慌てて視線を下げた。いま、僕はどんな顔をしているだろう。一度うつむいてしまうと、顔をあげるタイミングが難しい。
聞こえてくるBGMは僕が好きな歌だ。インストが先に終わって、ボーカルのアカペラでサビを独唱し、余韻を残して曲が終わる。普段はこの余韻を楽しむが、今は、一秒でも早く、次の曲に移って欲しい。
長い沈黙には、耐えられない。
もちろん、うつむいたままの姿勢で、頭が重いせいもあるけれど、耐えられない理由はそれだけじゃない。
次の一言を話すのが、僕か彼女のどちらなのかによって、この先の運命を動かしてしまう。
そんな予感が、僕に、次の一言を飲み込ませた。
すると、業を煮やして彼女が口を開いた。
「いつまで、こんなことを繰り返すのかしら」
「すみません! コーヒーお替り!」
彼女が次の一言を放棄して、僕にそれを言わせようとする。
僕は、つい逃げてしまった。次の一言を話すのは、きっと、僕ではダメなんだと心が叫ぶ。
「コーヒーお替りですね」
「はい、お願いします。僕ら、二人分とも」
「お注ぎしますね」
コーヒー店の店員は、既に右手にポットを持っていた。すぐに二つのカップにコーヒーを注ぐと、次の注文を待っているようだった。
「あの、他には注文はありませんが」
「え、あ、そうですか、あの……」
コーヒーのお替りだけでねばらせるなと店長に言われているのだろうか。なんだ、けち臭い店だなと、僕は少しいら立って、店員に食って掛かった。
「なんですか? コーヒーだけで充分ですよ」
「いえ、そうではなく……その、お二人が、頭にかぶっているのは何ですか? 茶色い……帽子? ずっと気になってて、あの、他の店員も気にしてて、その……全身黄色い服を着て、頭にかぶり物をかぶったお二人が何者なんだろうって……お気を悪くされましたか?」
店員は、注文ではなく、僕らの風貌を不審に思って
「もう、いつまで続くの? この、お芋のかぶりもの生活は!」
彼女はついに言葉にした。僕らは黄色いツナギと、お芋のかぶりものをトレードマークにして、焼き芋を売っている。冬の間だけしか売れない石焼き芋を売り歩いているんだ。
秋も深まり、今年もそろそろ焼き芋の季節だと、衣装を身につけて、今年の焼き芋販売について打ち合わせをしていたのだが、彼女に不満の色を感じ取り、僕は、その言葉を待っていた。
ただ、僕から切り出してはいけないと感じていた。彼女が自発的に口に出さなければ、自分事としてとらえられなくなると思ったのだ。
「しばらくお芋生活から離れていたから、忘れてしまったんだね、僕らはおいも夫妻で、君はおいも夫人だ、そして、僕はおいも男爵。ジャガイモじゃないのに男爵だ」
「お芋だったんですね、お二人が頭にかぶっていらっしゃるのは……で、どうして?」
「なんですか? あなた、関係ないでしょう? 僕らのライフスタイルにそんなに興味がありますか?」
「ありますね! 是非聞かせてください。なぜ、お芋のかぶりものを? 二人で焼き芋を売って生活できるんですか? ここで何をしているんです?」
ああ、イライラする。僕は何度同じ話を人にすればいいんだろう。そろそろ、世の中が僕らに追い付いてきたと思っていたが、世の中には、まだまだ、こんな人が残っている。
「いいですか? ビジネスの話をしますよ。マネタイズを後ろにずらすってわかります? 夫婦でお芋を売っても、一年間生活するほどのお金はたまりませんよ、でもね、僕らはお芋と一緒に大切なものを売っているわけです」
「大切な物……一体それはなんですか?」
「イメージですよ。焼き芋が嫌いな人はこの世にはいない。美味しい焼き芋を僕らが売って歩けば、焼き芋好きの人が集まってくる。彼らの大好きな焼き芋を僕らが焼いて手渡せば、焼き芋と同じくらい、僕らの事も好きになってもらえるんです。そして、その通りになった。僕らは、日本中で有名なお芋ですよ、ご存じありませんか?」
知りません――そう目が言っていた。僕は、もうめんどくさいから、一気にまくし立ててやることに決めた。
「いいですか? まずは、ダイレクト課金を手に入れることが大事です。広告だけで食べていたら、スポンサーの意向に縛られて、自分が自分ではなくなってしまいますからね。僕らは『やきいも2.0』というプロジェクトを立ち上げて、【やきいも】×【エンタメ】 をしてるんです。石焼き芋の、石焼き芋好きによる、石焼き芋愛のための歌を作り、歌い、踊り、youtubeにアップしている。焼き芋好きな人は石焼き芋の歌を歌ったり、踊ったりしてくれる。逆に、歌や踊りが好きな人は、焼き芋の歌を歌ったり踊ったりした後に、焼き芋を食べたくなる。焼き芋を中心にして、好きなものが増える正のスパイラルが起こるんです」
コーヒーが覚めてしまうので、ミルクを入れて、カップを持ち上げ、口に運んだ。このコーヒー店は本格的なドリップコーヒーを入れてくれる。今までも、何度も通ったのだけれど、店員さんと話すのは初めてだ。
「何のためだかわかります? 世界平和の為ですよ」
しあわせになる いしやきいも
せかいのへいわを まもるんだ
――『いしやきいものうた』 より
「僕らは世界の平和のために、いや、宇宙の平和のために、僕らの願いを叶えなければならない。それには、もちろんお金も必要です。でも、それをすべて焼き芋に頼っているわけではないんです。焼き芋は呼び水なんです。焼き芋によって集まってきた人たちが、いつしか、僕らの作った絵本も読んでくれる」
ママもそうだよ幸せになるために
生まれて来たんだよ自分で選んで
――絵本:『ふーわりふーわふわ』 より
「僕らが、僕らの願いをかなえるために、僕らの体をどこにおいておけばいいか。それは、焼き芋売りというポジションなんです。昔は、焼き芋は売っていなくて、自分がやりたいと思う方へ、ひたすら真っすぐに向かっていました。でも、それだけじゃダメだって気が付いたんです。努力の方向が間違っていたら、それは努力とは呼ばない。結果がでるまで努力を続けるか、努力の方向を変えて、結果を出すかなんです」
のどが渇いたので、冷めたコーヒーを一気飲みした。
「好きな事を続けながらも、いろいろなことに手を出して『あっちがだめならこっち、こっちがダメならあっち』と続けてきた。そして、今に至るんです。この石焼き芋売りと、焼き芋のかぶりものです。学校じゃ教えてくれないでしょ? お金の稼ぎ方も、焼き芋の売り方も。だったら、手探りで自分でやるしかない。生存競争は弱肉強食ではなく適者生存なんですよ、でも、自分が自分で適者かどうかは分からない。だから、増やすんです。できることを。適者でいる可能性を上げるために。いつまでも、過去の常識にしがみついてちゃダメなんですよ、その船が沈むなら、逃げなきゃ」
「え!? 逃げる? 船が沈む?」
「そうやって、必死で生きているうちに、焼き芋好きたちの中でも、お金儲けが上手な人がいたり、宣伝が上手な人が現れて、手伝ってくれるようになる。ひとつの脳みそで全てを動かしている奴はいないんですよ。みんなの協力がなければ、大きいことはできないんです」
「え、えーと、あの……」
「コーヒーお替り!」
「は、はい!」
「おいも男爵! ごめんなさい。わたし、ちょっと、気がめいっていただけなの。素敵だわ! そんなあなたが、 大好きよ!」
「よかった、おいも夫人、その一言が聞きたかったよ、愛してる!」
僕は、おいも夫人から聞きたかった一言を得られて、本当に良かったと思った。僕も、彼女も、きっと不安だったんだ。僕たちがやってきた事をこのまま続けていいのか、迷って迷って、辿り着いた先に、これだと思って始めた、焼き芋売りだ。でも、冬にしか売れないから、春夏秋の間に、どうしても迷ってしまう。
「毎年、11月になると、誰もが迷う。この、お芋のかぶりものをかぶるかどうか」
そう、人は悩む。
お芋のかぶりものをかぶるかどうか。
でも、それは、しょうがない事さ。
もしかしたら、コーヒー屋の店員さんのおかげかも知れない。二人は初心に戻れた。
「店員さん、いい事を教えてあげましょう」
僕は、お礼がてら、得意げになって、とっておきの秘密を教えてあげることにした。
「一体それは何ですか?」
「焼き芋はいつが一番おいしいかわかりますか? 初めて口に入れた、その瞬間なんです! 今しかないんですよ! あなたにもファンファーレが聞こえませんか?」
「おいも男爵! 深い! 深すぎる!」
「全く意味が解りません」
おしまい
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