第2話 哲学者と弟子 レオさんのお話

主人公 レオ


お題

 ソクラテス

 我思う故に我あり

 風化


タイトル『哲学者と弟子』


「レオ、レオはるか? どこじゃ?」


「はいはい何でしょう、ソクラテス様」


「おお、レオか、待ちわびたぞ。どこへ行っておったのじゃ?」


「ちょっと、ご近所までお買い物に。今日の晩御飯の買い出しですよ。掃除洗濯、ご飯の準備、その他モロモロ忙しいんですよ」


「そうか、それはご苦労じゃったな。ところでレオや。 今、ワシが書いている論文なんじゃけど、タイトルをこうしようと思うんじゃがどう思う?」


「論文ですか?  論文なんて、この時代にありましたか?」


「あるから書いておるんじゃろ?

 『我思う故に我あり』

 どうじゃ? かっこいいじゃろ?」


「『我思う故に我あり』ですか……ソクラテス様が『自分はここにいる』って思っているから『ここにいる』って言う事ですよね?」


「まあ……そうじゃな」


「そうですか……そう言えば、ソクラテス様って寝相がお悪くていらっしゃいますよね? 例えばそう、寝ている間に隣の部屋に運ばれてしまった時はどうなんですか? 目が覚めるまではソクラテス様はどこにいるかを知りません。寝ている間ずっと『われ』はどこにいるって思ってるんですか?」


「それはまあ……元の場所にいると思っておるじゃろな」


「だったら『我思う故に我あり 私はここにいるからここにいる』と言えないんじゃないですか? 『 私はここにいると思っているけれど隣の部屋で寝ている』 が正しい答えじゃないでしょうか?」


「それはそうじゃが、そういうことじゃなくって な、何故、人間が存在すると言えるかっていう話なんじゃよ?」


「それは、お父さんとお母さんがいたからじゃないんですか?」


「まあ、それはそうなんじゃが……」


「だから、正しくは、

『我、父と母がいた故に我あり』

もしくは、

『 父と母が愛し合った故に我あり』

じゃないでしょうか?」


「なんかそれ、ちょっといやらしくないか?」


「でもそうでしょ? だって事実をちゃんと教えないから性教育が行き届かないんですよ」


「いや、これ性教育の話じゃないんじゃがな」


「わかってますよ、哲学でしょ?」


「わかってるんなら付き合ってくれんかの」


「哲学の話しかしていませんけど? タイトルは『我思う故に我あり』なんですよね?」


「そうじゃ」


「では猫はどうなんでしょう? 人間は『私はここにいる』と思うことができますが、猫はそう思ってるんでしょうかね?」


「さあ、どうかの?」


「そうですね……例えば、この箱の中にこの猫を入れます」


「ニャー」


「さて、この猫の入った箱の蓋を閉じました。ソクラテス様、今、箱の中の猫は、生きていますか? 死んでいますか?」


「それは生きているんじゃないかの?」


「何故、そう分かるのですか?」


「いや、さっきまで生きておったからの」


「さっきまで生きていたからといって、今、生きてるかどうかなんか分かりませんよ。それは、猫を見ている人が誰もいないからです『我思うゆえに我あり』と言うならば『我、猫が生きていると思う故に猫あり』も成り立つんですかね? 思っているだけじゃなくって生きているかどうか確かめないといけないんじゃないですか?」


「確かに……」


「ニャー」


「……だから『我、ここに我がいることを目視で確認できて、更に、脈拍も正常な事を確認できたため我あり』じゃないでしょうか?」


「それは、ちょっと医学っぽくないか?」


「医学も哲学から生まれたんじゃないんですか ?」


「まあ、それはそうなんじゃが……」


「だから、思うだけじゃダメなんですよ。確認しないと! ソクラテス様はシュレティンガーの猫も知らないんですか?」


「知らんな」


「ニャー」


「……それじゃあ、いしはどうでしょう?」


医師いしかの?」


医師いしじゃなくて、こっちのいしです。よいしょ。」

――ゴトリ

いしには意思いしがありますか?」


「そりゃ、いしには意思いしはないじゃろ? 生きてはいないからな」


「では いしは自分がここにいると思うことができませんし、確認することもできませんね。じゃあこのいしは存在しないのでしょうか?」


「存在は……するの」


「存在しますよね? だったら『いし意思いしがないけどいしあり』じゃないですか?」


「そりゃ、石はここにあるじゃろ?」


「ソクラテス様が見てるからやっぱりあるよ、でしょ? ソクラテス様がここにあると目で見て確認して石があるなって思ったから石があるんですよね? やっぱり誰かに確認してもらわないと分からないんじゃないですか? 『我思う』だけじゃ信憑性が足りないと思います。第三者機関の正式な監査が必要だと思いますけどね」


「なんだか科学的になってきたの」


「科学も哲学から生まれたんじゃないんですか?」


「まあそれはそうなんじゃが……」


「ニャー」


「……じゃあこうしたらどうじゃ? ワシは、ここにいしがあると思うから、いしは存在する。存在するいしには意思いしがあり、いし思う故にいしありじゃ」


「なるほどなかなか見所ありますね」


「そうか! ありがとうな!」


「でも、この石をずっとここに置いておいたらどうでしょう?」


「ずっと置いておくとどうなる?」


「何百年も経って、この家もなくなり、石はやがて雨風にさらされ『風化』して砕けて、小さな砂になります」


「ふむふむそうなるな」


「その時、砕けた小さな砂粒達には一個一個に意思があるんでしょうか? 砂には意思があって、『自分は元々石だったけど、今ではこんなになったので砂だと思っている。だから砂思う故に砂あり』って事になりますよね?」


「そうじゃな」


「じゃあ、石はいつから砂になるんでしょうか?」


「それは、すごく小さくなったらじゃないか?」


「すごく小さくなったって決めるのは誰なんですか?」


「それは見てる人じゃな」


「でしょ? 砂は自分がどれぐらい小さくなったかどうか、目がないから見ることができません。百歩譲って、自分は石だ、砂だと思うことができたとしても、自分が何かに変化したと、果たして自分で気が付けるのでしょうか? 寝ている間に隣の部屋に運ばれた事すら自分ではわからないんですよ? 石が石から砂になったかなんて分かると思いますか?」


「そりゃ難しいな」


「難しいですよ」


「哲学って難しいんじゃな」


「そうなんです。やっと理解できたようですね」


「そうじゃな、ありがとう」


「それでは、僕と一緒にもう一度、哲学を学び直しましょうね!」


「レオ様、よろしくお願い致します」


「ニャー」


「これじゃ、どっちが弟子だかわからんな」


「『我、弟子と思う故に弟子である』ですよ、ソクラテス様」


おしまい


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