第4話

 たまに逆立ちそうになる髪の毛を指の先でくるくる巻きながら私は亜子の話を聞く。彼女の口から出てくる言葉は男の話ばかり。中身のない、低レベルな話。そうは思いながらも、亜子の話に調子を合わせ話を聞き出す私は、相当悪趣味な女だろう。


 今日の魚は先週亜子が森美術館にデートに行った男。通称「」。亜子は気に入らなかったようだが、彼女のわがままに最後まで付き合い、楽しい時間を演出した彼はいい人に違いない。


 なのに亜子はさっきからの容姿の話しかしないのだから、本当に人のことが見えていない。

などと思いつつ私は、顔に染み付いた作り笑顔をキープしながら、会社の受付に座って亜子の話を聞く。


「その後から連絡はあったの?」

「もちろん、あったよ」

 もちろんとか言っちゃうあたりが亜子だ。


「だよねー。また会うの?」

「どうかな? 今月はもう土日は全部デートで埋まってるんだよね」

 お前の趣味はデートかよ! もっと自分に有意義なもの見つけた方がいいと思うけどな。


「そっか。じゃ、次はないかな。は」

友梨ゆりに紹介しようか!?」

 突然話をこちらにふられて、また全身の毛が逆立つかと思った。友達に気がある男を紹介されて、どこの誰が喜ぶのか。ていうか、に失礼すぎる。


「それはいいよ。私も週末は山で忙しいから」

「ふーん」

 はい出た。恋愛相手のいない人を憐れむ亜子の目。自分で自分を幸せにできる私は、亜子よりも人生の楽しみを知っていると思うけど。


 亜子のいつもの視線をさらっとスルーし、目の前のモニターに視線を移した時、一人の男性がデスクの前に現れた。


「亜子ちゃん、今日も可愛いね」

 丸くて大きな目に、丸い顔、丸い体。瞬時に気づいた。だ!


「え、何しに来たの?」

 亜子は少々戸惑い気味だ。


「仕事だよ。六階でこれからプレゼンなんだ」

「ふーん」

「七時には終わるから、よかったら食事に行こうよ」

「うーん」

「考えといて。じゃ!」


 私が用意した入館証を手にさっと消えていくに、亜子は呆気にとられていた。


「今の?」

「え? うん」

「どうするの?」

「うーん」

「奢ってもらえるんでしょ? 行ってくれば?」

「うーん、時間があえばね」


 さっきのスマートな誘い方。やっぱりはできる男だ。彼なら亜子の偏ったものさしを変えてくれるかもしれない。少しの期待を込めて私は亜子の背中を押した。


 このところ毎日折りたたみ傘をカバンに入れている。なかなか梅雨はあけきらないようだ。

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