第3話 駆除

 翌朝午前4時、山の麓──。


「よお、みんな集まってんな」

「喜多山の猟友会長さん、俺ら年寄り組集めてハイキングでも行こうってんのかい?」

「山原さん、俺らはまだ若いぜ。世間じゃ六十代は働き盛りだ。まあ、若い子たちの重しになってんのは申し訳ねぇけどよ」

「じゃあ、キタさんたち六十組じゃない五十代の俺らはまだ若者だな」

「そうだな、なあ?」

「ケッ、よく言うぜ。テメェらは数年後には俺ら働き盛りの老害入りだぜ?足を狩ったあとは別の足で踏まれちまうかもな、ははは」


『ハハハハハハハハ!』


 猟友会長である喜多山の前に揃った猟師の数は8名。隣町や村から駆けつけた人数を含めた数だ。そこに猟犬が6頭。今回の“足狩り”はこの人員で行う。


「しっかし、まあ、山原さんが来てくれて俺は楽だぜ?狩りの名人だしな」

「バカ言うなよ、喜多山さんよぉ。おいらは68のジジイだぜ?昔みたいにぴょんぴょん動けねぇての」

「そう言いながらこの間もバカでかいイノシシ獲ったじゃねぇーか。北海道でヒグマ仕留めた武勇伝があるのは山原さんだけだぜ?」

「おいおい、おいらはヒグマが怖くてこっちに来たんだぜ?それがよぉ、今度は『足』と来たもんだ。遺書置いて準備すんのは大変だったぜ」

「ははは、よく言うぜ!」


 白髪混じりの山原がおどけて言うと、喜多山は大きく笑った。

 今回集まった猟師の人数は少ない気もするが、皆腕利きの者達であり、この辺りの山を熟知している精鋭である。また、ここにいない猟師達は町の方で見回りをしており、警察と連携しながら非常事態に備えている。

 さて、この精鋭の中で群を抜いた存在が山原だ。高い技能の持ち主であり、猟に出れば大物ばかり仕留めるその腕前から『山狩り』と称されている。もっとも、本人はもう少し捻った名前つけろと言ってはいるが。


「おっと、そろそろ行かねぇと薄日も差して来るな。役場のお二人と駐在さんは準備万端かい?」


「ええ、我々は問題ありません。しかし、倉川さんは大丈夫ですか?」


 防災服姿の小宮が巡査長の倉川に目を向ける。


「い、いや〜、課長さん、こんな緊張する日が来るとは夢にも思っていなかったです。みなさん、お手柔らかに〜」


 倉川は苦笑いを浮かべて頭を下げた。


「へっ、気にすんなよ。俺らだってよく分からねぇもんの駆除に行くんだ、緊張ぐらいするぜ。まあ、万が一のことを考えて駐在さんに来て貰ったが、山に入る義理はねぇし、心配なら麓のここで待ってなよ」

「いえいえ!私も行きますよ!町の方は応援がパトロールしてくれていますので!」

「おう、そりゃ気が入るな。じゃあ、俺らが駐在さんを守ってやっからよ」

「そっ、そんなぁ〜」


『ハハハハハハハハ!』


 倉川の気の抜けた反応に皆が笑う。


「さてと、じゃあ、行くぜ。やっこさん、丁寧に場所を教えてくれているみたいだしな」


 薄暗いの中、喜多山が地面にライトを照らすとそこには大きな足跡が残されていた。間違いなくあの『足』だ。


「よし、出発だ!」


『おう!』

 

 こうして一団は山に向けて歩み出したのであった。




 山道に入ると、辺りは鬱蒼としていた。 昼間でも暗い場所ではあるが、周囲の木々や茂みからは何とも言えない不気味さを感じる。また、道は整備こそされているが、舗装はされていなかった。


「しかし、まあ、人があんまり来ない場所とはいえ、相変わらず舗装されねぇなぁ」

「すみません、猟友会長。再来年度にはその予定ですので」

「いや、そういうつもりで言ったわけじゃねぇんだ。気を悪くさせちまったらすまねぇ、課長さん」

「キタさんは思ったこと直ぐに口にしちゃうからねぇ」

「ケッ!悪かったな!だが、まあ、今回は舗装されてなくて良かったぜ。どこに行ったか丸分かりだ」


 喜多山の言う通りだった。山道にはしっかりとあの足跡があり、それがいくつも続いていた。


「直径約6メートル、幅は2メートル半ぐらいでしょうか。足は片足、右側だけみたいですね」

「そっ、そうですね〜。でも、あれってどんな原理で動いているんですかね?それにこれって本物……なんでしょうか?」

「それはわかりません。ただ、言えることは“危険”であり、“現実”ということでしょう」

「で、ですよね〜、係長。ははは、困りますよね、はい」


 沢木の後ろを歩く倉川はおっかなびっくりした様子で足跡を見る。倉川にはフィクションの世界のような出来事が現実になってしまったことは受け入れ難いのだろう。だからなのか、一人立ち止まってそれをまじまじと眺めていた。


「お〜い、駐在の兄さん、置いて行くぞ〜」

「まっ、待ってください!それに僕はもう36ですよ〜!」


 先頭の集団から声をかけられ、倉川は小走りで追いかけて行った。


 しばらく進むと、山道から足跡がピタリと消えていた。それに替わって現れたのが──。


「喜多山さん、足の跡は山道から外れて茂みに続いてるぜ。怪しいなぁ、こりゃ」

「ああ、山原さん、こいつは罠かもしれねぇな。熊なんかが使う“止め足”に似てると言えば似てるが」


 その視線の先にあったのが、山道脇の茂みに向かって残る足跡だった。ただ、それは山道から20メートル以上先にあったのである。

 ちなみに止め足とは野生動物が足跡による追跡を攪乱かくらんする行動である。後ろの足跡を再度踏んで一定の距離を後退していき、足跡の着かない場所に跳躍し、追跡から逃れるのだ。また、熊の場合は逃げずに隙を見て奇襲する個体もいるという。


「跳躍したのでしょうか?」

「だろうなぁ、係長。カエルみたいにぴょんって跳ねたのかもしれねぇ。それよりも俺が驚いたのは、あの足野郎が知恵を持ってる可能性が高いことだ。それもかなり悪知恵が働いているかもしれねぇ。茂みの中に来るのを誘ってるのかもな」

「では、一度態勢を整えて──」

「いや、ダメだ。放置すりゃ町はもちろん、他の町や村に被害がでるかもしれねぇ。それにだ、罠と分かりゃ対応しやすいもんだ」

「わかりました。ここで逃すわけにはいかないですからね」

「へへっ、そういうこった。よし!鬼ごっこの続きだ、テメェら行くぜ!」


『おう!』


 駆除隊は茂みの中に足を踏み入れたのであった。


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ANYO ー 足 ー エスコーン @kamiyam86jaro

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