第2話 騒動

 巨大な足が現れてから数時間後。夕刻ではあるが、外は明るく、日暮れにはまだ遠い。

 そんな中、町役場内の会議室では緊急対策室が立ち上げられ、この件に関しての会議が開かれていた。


「まさかねぇ、こんなことになるなんてね」

「町長、これについては我々も同じです」

「いや、課長、私もね、クマとかイノシシは見たことあるよ。駆除の立会いとかも行ったしね、でもね〜〜」

「はい、そうですよね……」

「まさか、『足』が出るなんてね〜〜」


 町長は溜め息混じりに一枚の用紙を見ていた。


「え〜、本日午後2時頃、町外から来ていた工事関係者がお亡くなりになりました。作業員12名の内9名が死亡、交通誘導警備員4名の内2名が死亡。計11名の死亡が確認された、と。大惨事だよね、これ」

「ええ、過去にもこのような例はないですね。十数年前の台風災害のときもこれ程の死者数はなく──」

「あ〜!待った、待った!あれはね、本当に大変な災害だったの、みんな大変な思いしちゃってね。だからここで話すのはナシよ」

「あっ、すいません」


 町長は出席者の方をチラリと見る。


「いや、町長、俺らのことは気にせんでもいいよ」

「そうだ、あれは自然災害だ、もう割り切っている」

「すいませんね、猟友会長さん、町会長さん」


 軽く頭を下げる町長。十数年前に起きた台風被害はこの村が始まって以来の大惨事だった。死者5名、行方不明者3名を出したあの出来事は未だにトラウマとなっている町民も多く、町内ではこれを口にするのは一種のタブーのような扱いだった。


「まあ、ただな、町長。俺も長く猟師をやっているが、こんなもんは見たことねぇぞ」

「ワシもだ。そんなものも話も聞いたことがない」


 猟友会長と町会長も机上の用紙を見ながら口にした。


「ですよねぇ。私も見たことないですよ、だって足ですよ、足。正直、笑えるイタズラで済ましたいですよ、この画像見たときは随分と雑なコラージュかと思いましたよ、ただね」

「はい、SNSに掲載されたこの動画を見る限りでは本物かと」


 担当課長が机上のノートパソコンを操作すると、プロジェクタースクリーンに何かが映し出された。


『えっ、何あれー!?』

『うわ、足だよ、足!デカッ!』


 車内から撮影された映像のようであり、男女の声が聞こえる。そこに映し出されていたのは逃げ惑う作業員と警備員。そして──。


『きゃぁぁぁぁぁぁぁ!?』

『うわー!踏まれた!ヤベー!』


 『足』に踏み潰され、惨殺される光景であった。


「これを見たら、ねぇ……」

「ええ、この動画投稿者以外にも場所は違いますが、撮影された複数の動画がありました」

「全部見たらさ、時系列的になってたりするんだよね。これが炎上狙いの遊びとかじゃなくてホンモノっていうのが本当に質が悪いよ」


 町長は頭を抱えて項垂れる。作り物ならどれだけ良かったか、死人が出たのも嘘であってほしいと思っていた。


「住民への危険性があるため、防災無線にて不要不急の外出はしないようにと注意勧告を行いました。しかし、SNSを見たマスメディアが既に騒ぎ出しており、現場には複数の報道関係者が来て中継をしているとありました。ですので、遅くとも明日には会見──場合によっては時間を問わずマスメディアに関して何らかの対応が必要かと」

「だよねぇ〜。県庁、中央省庁にも連絡をしてもらったけど、これの専門家──専門家いるのかな、これ?……まあ、いいや、この『足』は早く対処しないといけないよ」

「……となると、“害獣駆除”を行うわけですか?」

「……そうしないと、危ないんじゃない?犠牲者が出てるわけだしさ」


 町長の眼光が鋭くなる。


「駆除で行くなら俺は賛成だぜ、ありゃ長く放置すりゃ危ねぇからな」

「ワシも賛成だ。これ以上住民を不安にさせるやけにはいかんよ」

「賛成!」

「異議なし!」


 他の参加者からも賛成を推す声が上がる。


「皆さん、ありがとうございます。ただ、ですねぇ、問題なのは──」

「町長気にすんな、俺たち猟師はそのためにいるんだぜ。聞けばあの足は山の方に行ったみてぇじゃねーか。ならよ、好都合だ。それにアレが“一体”とは限らねぇしな」

「やっぱり、ですよねぇ」


 そう、あの足が一体とは限らない。正体不明の巨足が他にもいたら、群れをなしていたら──考えたくはないが。


「県庁、中央省庁の指示を待っていましたら時間だけが過ぎてしまいます。況してや『足』です、虚言と鼻で笑う人間も少なくないかと」

「だけど、マスメディアは興味を持っているからねぇ。彼らはあれが嘘とか本当とか関係なく、ネタが欲しいからね。だから明日の朝には取材に来るってさ」

「はい、民放三社から電話とメールにて駆除があった際には同行させてほしいとありました」


 町長は眉をひそめ、ペットボトルのお茶を口にした。


「やめてほしいねぇ〜。報道の自由はあるけれど、こっちとしては事態を重く受け止めているわけよ。そりゃね、町外からの人、知らない人からすればおもしろいよ、事件起こしたのが足なんだから、足。だけどね、町民じゃないとしても犠牲者出てるわけよ。取材はまだしも同行なんて許可できないよ、無理!」

「俺もだ。そんなもん連れたらクマやイノシシだってやりづれぇもんだ。それにだ、アレをやるなら夜明けだな、早いうちにやるしかねぇぜ」


 猟友会長は腕を組んで村長を見る。


「じゃあ、駆除の時間は決まりましたねぇ。じゃあ、それで行きましょうか」

「町長、その件に関して一つ申し上げたいことが」


 担当課長の隣にいる係長が手を挙げる。

 

「どうしたの、係長。警察が公安委員会絡みで駆除に難色でもつけて来たの?」

「いえ、そこは駐在の警察官が来るという運びになっています。その上で、明日の駆除には課長と私が同行する際に、駆除の様子を撮影させていただきたいかと」

「……それさぁ、大丈夫なの?対応できないよ、危ないって」

「しかしながら、昨今では公安委員会の許可がなかったと駆除後に意見され、狩猟者に対しての処分に繋がったという例があります。そのため、記録という手段が必要になるかと。もちろん、町長、猟友会長が許可していただければではありますが」

「なるほどねぇ、どうします?猟友会長さん」


  猟友会長は目を瞑り、腕を組んだまま少し考えたが、直ぐに口を開いた。


「それなら仕方ねぇよ。俺たちも免許取り上げられちゃどうしようもねぇしな。係長さんの善意って思えばそれを蔑ろにはできねぇってもんだ」

「そういうことなら仕方ないね。私からもお願いするよ。それに課長と係長には大変なことさせるわけだしね。小宮課長、沢木係長、申し訳ないがよろしく頼む」


 町長は席から立ち、二人に頭を下げた。


「いえ、町長。これは町の一大事ですので当然のことです」

「我々は職務を果たすのみです」


 緊急対策室での会議は明日の駆除に向けたスケジュールを取り決め、無事終了したのであった。

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