ANYO ー 足 ー
エスコーン
第1話 足
「暇だなぁ」
「暇だよなぁ。お前の家に来て言うことじゃねーけどさ」
浩一と修二は片田舎の高校生である。夏休み初日、お互いに特に用事もなく、ただ暇を持て余していた。そんなわけで修二は冷房の効いた浩一の家に遊びに来ていたのだが、やはり退屈なものは退屈であった。
「田舎ってホントなにもないよな」
「ホント、なにもねぇーよ。お前の家のマンガはおもしれーけど」
「お前それさあ、うちに来て5回以上読んでるだろ」
修二は寝転びながら漫画を読んでいる。正体不明の怪物が現れて蹂躙の限りを尽くすパニックホラーな内容のその漫画は、修二がここに来る度によく読むものであった。
「んなこと言ってもさぁ、これおもしろいぜ、なんて言うかめちゃくちゃなかんじが」
「お前、それ褒めてんのかよ。いきなり変な回想とかぶっ込んでそれが終わったら全然関係ないとかそんなんばっかりだろ、このマンガ」
「それがクセになるんだって。お前だってそれが好きだから買ってんだろ?」
「一応人気作だから買ってるだけだよ。まあ、最初はおもしろかったけどさ、途中からホラーの皮被ったギャグになっちまったし」
「ははは、たしかに。人間襲ってた怪物が落ちてるハンペンを急に食い出してハンペンの解説と蒲鉾の歴史で8ページも使ってたのは笑ったぜ。しかも、その次のページで何事もなくまた人間襲い出してさ」
その漫画は画力の高さと中身がいい加減というのがウケてそこそこ人気があるという。とはいえ、人を選ぶ作品に違いないが。
「ところでさあ、修二」
「なんだよ、今あのオッサンが必死にドングリ集めているとこだぜ」
「変な音聞こえないか?」
「変な音?」
「ああ、こうなんて言うか、ズシン、みたいな響くかんじの」
「ズシン?」
浩一は妙な音が聞こえていると言い出した。何かが重く響くような音がどこからか聞こえているというのだ。
「工事じゃねーの?作業するデカイ車が来てなんかやってんだろ」
大方、工事車両や重機で何かしているのだろうと修二は思った。事実、この日は町内で工事をしている場所があった。
「いや、それがさぁ」
「だからなんだよ」
「音、近づいてない?」
「は?」
修二は何を言ってるんだと思った。近くというのはやたら激しく工事でもしているだけだろうと。ただ──。
ズシーン、ズシーン……。
確かに何かが近づいている音が聞こえて来た。
「おい、浩一、窓開けて見てみようぜ」
「ああ、俺もそう思ってた」
浩一は窓を開けた。夏らしいじんわりと暑い空気と蝉のやかましい音が部屋に入ってくる。それと同時に──。
ズシーン、ズシーン、ズシーン。
何かが近づいて来る。
「マジだ、マジで聞こえてるぜ……」
「やっぱり、だよな……」
二人は窓開けて音の方に目を向けた。まだ何もない──だが、確実に近づいて来ている。気づけば、隣や向かいの家の住民も窓から顔出していた。
「なあ、浩一、これってアレじゃねーか、その、“怪物”とか……」
「んなわけあるかよ、いや、違うって、ありえないって」
怪物なんてありえない、SFか何かのフィクションの世界の出来事だ、そうに違いないはずだと浩一は思った。ただ、妙な胸騒ぎを覚えていたが。
「でもよー……、あれ?工事の人が走って来たぜ、なんか必死なかんじだけどよ」
「ホントだ、じゃあ、あれは工事……えっ!?」
「うわ!?なんだあれ!?」
必死で走る作業員の後ろからとんでもないモノが見えた。
それは足──巨大な足である。5〜6メートル程でくるぶしまでの彫刻のような一体の足のような何かが作業員を追うように現れたのだ。踏み込む音がズシンと聞こえていたのである。
「足だろ、あれ、足だよな……」
「ああ、足だよな……」
「映画の撮影とかじゃねーよな……」
「いや、ないだろ、映画の撮影なんて聞いてないし、って工事の人ヤバくないか、踏まれそうだぞ!」
「うわ、追いつかれるぞ!ヤバいって!」
浩一の家から100メートルくらいのところで作業員は足に追いつかれそうになっていた。
「ヤベーぞ!何とかしねーと!警察、警察だっけ!?」
「知らねーよ!?俺だってそんなのわかるわけ──」
ズシンッ、ズシンッ。
グシャリ。
ズシン、ズシン、ズシーン……。
足は去って行った。浩一の家を横切り、そのまま真っ直ぐどこかへ行ってしまった。あるものを残して。
「なあ、修二」
「なんだよ」
「俺、とりあえず、警察に電話するよ」
「俺もそれがいいと思うぜ、あとは、浩一」
「なんだよ」
「俺、今日お前の家に泊まっていい?」
「ああ、泊れよ」
けたましい蝉の音が響いていた。
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