第8話 ユウジの体液 危険な味

【あるお婆ちゃん、長崎とよさん視点】


 私はもう九十七歳。今日もいつもと同じ日々が続いている。

 身体も心も私は老い過ぎてしまった。

 お爺さん、早くお迎えに来てください。




 そのお婆ちゃん、とよさんは、水分制限食事制限があり、行動は車椅子。

 しかし認知(ボケ)はなく、立位(立つ事)も座位(座る事)もしっかりでき、何でも自分でできる人だった。

 今日も早く目が覚め、窓の向こうに向かってお祈りを繰り返していた。




 最近、南向こうの空が淡く幻想的な色に光っている。

 あれはきっと神様かしら?それともお爺さん?もしかして、私もボケが始まったのかしら。

 何でもいい。私はもう疲れたの、私には他に家族もいない、私が居なくなって困る人は居ない。


 ああ、早くお迎えが来てほしい。お爺さん、今日も私はあなたを待ってるの。


 最近来た、若い小さいお客さん。彼らの声を聞くと私も少しは元気になる。

 頑張ろうって思える。

 だけど、最近少しだけ手足が震えるの。

 立つ時に時間がかかる。

 料理も減塩の所為か美味しくない。

 あの子たちはいいな……。九十年以上も生きてこんなことを思うのはおこがましいかしら。

 私は一日一日が同じ事の繰り返し、時間も中々経たない。


「ありがとう」

 素敵な柔らかい笑顔を振りまく、最近来たお客様、竜君だったかしら、彼の持ち物のリュックの中が淡く光った気がした。

 彼も他の人も気が付いていない。




 とよは光るライのリュックサックの方まで車椅子をこぐ、そして何とかたどり着き光の原因を確かめるべく、そっとリュックの中を覗きこんだ。

 それは、とよが居室の窓の外から見た光、それにとても良く似かよっていた。



 コレダ。


 私は直感した。

 これを食べればお爺さんの所に行ける。


 何故だかわからない。だけどそれは私の中で絶対だと思った。





【ライ視点】


 何日か前から気になっていることがあった。

 あるおばあちゃんが最近そわそわしている気がするのだ。

 まだここに来てから一週間しか経っていない僕が言うのもなんだが、彼女はとても落ち着いていて、

 しっかりした方だった。だから僕は余計に不思議だったんだ。



 こうして由さんと接しながらもライはそのお婆ちゃん、とよさんの事を見ていた。




 あれ?あのとよさんが覗き込んでいるの、僕のリュックサックだな。


 そうライが思っていたら、いきなりとよさんがそのリュックの中から30cmぐらいの実を取り出しかぶりついた。


 僕の中で危険信号がなった気がした。心臓の音がどんどん大きくなっていくのが聞こえる。


 ライは慌ててとよさんの側まで走っていき、実をとよさんから取り上げた。

 一瞬とよさんがその実にかぶりついた時、光った気がしたが、とよさんは少し項垂れた様子も見れたが見た感じ変わらない様子で意識もしっかりしていて表情も悪くなかった。

 ライはその実を再びリュックに仕舞い、とよさんをベッドまで連れて行き、介護士さんを呼び横になってもらった。

 元気そうな、とよさんの顔を見たライはちょっと落ち着いたものの何か胸がざわつき、奥の方がドキドキした。





【ユウジ視点】

 これを飲ませれば良い訳か。

 ユウジの腕のヒレを少しだけナオコに千切ってもらい煎じたものを葉に乗せて運ぶ。



 オイラのプリチーな腕が傷物になっちまったよ……。



 トホホと呟きながら飛ぶユウジは背中に哀愁が漂っていた。



 しかし、これをどうやって飲ませるかだな。



 ユウジとナオコは木造の壁の隙間からすんなりと侵入に成功したものの、堂々と飛ぶのも気が引けた。

 夜になるのを待ち、ライの寝床に侵入する事にした。

 ライと若い女性、そしてもう一人子供の女の子が三人で雑魚寝している。

 ライと若い女性は眠っているが少女は横になったままパソコンに文章を打ち込んでいた。




 おっあの子は確か……。

「何、ユウジさん見覚えがあるの?もしかして浮気?ちょっといくつ離れてると思っているの、犯罪よ」

 涙を目元に溜めたナオコちゃんにオロオロしつつ、なんとか手元の葉に集中する。

「そんな訳ないだろ、オイラにはいつでもナオコちゃんだけさ」キリっと男前な表情を作りまたメロドラマを繰り広げる二人だった。

「っと、そんな事やってる場合じゃないわ。ユウジさん、あの少女は私が惹きつけるからその間にお願いね」


 そ、そんな事よりって、オイラは大まじめなのにナオコちゃんヒドイ……。



 落ち込んでいるユウジを無視し、ナオコは美津の目の前を、淡く光らせながら注意を惹かせるように飛ぶ。

 美津は目を覚まし起き上がり目を擦る。


 ナオコは背中にあるエプロンのリボンにあたる様に月の光を利用し、上手くホタルのように光らせ美津の周りを照らした。

「ん? 何? ……虫? カナブン? あーカブトムシだ!何これ!背中にリボンがある!」

 普通の子なら気づかないが虫好きな美津には分かったようだ。

 思わず叫んでしまった美津だったが、隣の二人が眠っているのを思い出したのだろう、口を自分の掌で覆う、そしてカブトムシ(ナオコ)を捕まえるのに必死になる。

 ナオコを追いかけながら美津は部屋を出て行った。




 今のうちだ。


 ユウジはライの口元まで飛び、ライの唇に自分が両手で持っていた葉を伝わせ例の煎じ汁を流し込む。

「ゴホッゴホッ」

 ライは盛大に咽た後動かなくなった。



 もしかしてオイラの味に耐えられず死んじまったのか?



 ユウジから大量の冷や汗が出る。

 暫く見守るとライの顔が赤くなり口から小さな火花を出し、目を見開いた。


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