第4話 僕が動くと物が、壊れる。小さくなる為に......。
【ライ 視点】
ワン爺さんの不気味な笑いに、戸惑うライだった。
結構なお歳に見えるけど、僕は逢うのは多分初めてだ。ここには度々訪れていると言うのに。ユウジさんとナオコさんの反応だとかなり偉い人の様に見える。
ユウジとナオコはキラキラと目を輝かせお辞儀をしていた。
「まあまあ、顔をあげてくだされ」
年寄りとは思えない澄んだワン爺さんの声が、丘に響き、ライの方を振り返った。
「ツイ族のライ様ですな。お初にお目にかかります。祠堂様とは昔、良くお会いしていたのですが、ちょっと眠っていたら、こんなに長い月日が立ってしまった様ですな。こんなに良いパートナーができ、私も安心でございます」
眠っていたとは……長すぎると突っ込みたくなるが、真面目なワン爺さんの表情に ライは言葉を飲み込んだ。
僕と逢う前の祠堂様を知っているなんて、偉い人なのは確かみたいだ。
「で、お困りの様ですな」
ライは小さく頷いた。
額の汗がポタっと一粒落ち、草がその大量の水を吸い込む。
「そうですな、確かにその身体で動かれても困りますなー。見た感じもう身体のサイズを変える年齢は整っているように思いますけどな……」
ワン爺さんはライの足元から順々に上へと見上げた。
僕もどうしてなのだろうか分からない。何度も挑戦したけど無理だった。
ライは小さく首を横に振った。
「もう一度、やってみて下され。どこが悪いか見ますから」
優しそうにこちらを見つめるワン爺さん。
ライからしたらとても小さいのだが、同じぐらい大きく思えるほどの迫力と存在感がある。
ライは困ったように首を傾げた後、小さく頷いた。
ライは全神経を集中させ、上瞼に力を込めた。
手から淡い光、身体全体も薄く青く光る。
掌の毛が伸び長い尻尾を縮ませた。
青い目が光り、星全体が光に包まれた。
数分間の事だ、が一向に身体は小さくならなかった。
やっぱり駄目だ。ライは項垂れた。
不貞腐れるように顎を地面につけた。
そんなライに眉を潜めていたワン爺さんが声を発した。
「んっ、ほぼ良いみたいですな?何処がおかしいのかのう?」
ワン爺さんはブツブツ言いながら先ほどの記憶と今まで見てきたツイ族の変身する姿を照合している様だった。
そして閃いた様に大きく頷いた。
「分かりましたぞ。ライ様にはツイ族に普通ある筈の頤下部分の金の縦染みがない。あのシミの薄さで大きさを調節すると聞いたことがあります」
ワン爺さんの言葉に思わず目を見開くライ。
自分は出来損ないだとは思ってはいたものの姿形までがそうだとは思いも寄らなかった。
そうしたら僕は一生身体を小さくする事はできないの?
ライの体中の力が抜けた。自分は生きていても仕方がないような気さえしてきてしまった。
ライの周りを取り囲む空気がどす黒い物に変わってきた。それを見ていたユウジとナオコは慌ててライを励ますことを考えながらワン爺さんを睨みつけた。
こそっとワン爺さんにナオコが耳打ちをする。
「ちょっと、困りますよ、相談に乗って下さるならまだしもあんなに落ち込ませてしまって。このままではライ様の負の空気に引き寄せられて大きな雨雲、雷様(かみなりさま)までもがやって来てしまいますよ」
ナオコの言葉を聞いた時、ワン爺さんは大きく目を見開いた。
「それじゃ、雷様の神タ(じんた)様に頼んでみよう。あのお方はかなりのお力があると聞いたことがある。ちょっと不気味な力らしいが、このままよりは前に進むはずじゃ」
「そんな簡単に呼べるものですか。」
ワン爺さんの言葉に少し呆れ声のナオコ。
ライはとうとう大量な涙を瞼に溜め始めた。流れてしまったら大変な事になる。
止めなければ。
しかし、ユウジ、ナオコ、ワン爺さんではどうする事もできなかった。
ライの負の空気が集まり黒い雲が出来上がった。そこから、やくざの様なドスの利いた低い声が響き渡った。
「へっひゃくしょん!だ、誰か、ワシを呼んだか?くしゃみが一向に止まらん」
恐怖で震い上がりそうな声だったが、言っている内容は間抜けだった。
「真面目に神タ様?」
呆れた様なユウジの呟きは神タの雄叫びにかき消された。
「ふぁー、ムズムズするわい。まあワシは有名人やからの。こんくらいはしかたないわいの。でワシを呼んだのは誰だ。」
低く恐ろしい声のとても小さな妖精の様なものが雲の中から現れた。大きさで言うと丁度ユウジと同じ大きさだ。
声とは似合わず、とても可愛らしい見た目に皆唖然とした。
「いくらなんでも見かけと違いすぎやしませんか?」
ユウジが皮肉っぽく呟き、それと同時にユウジの居た所の1ミリ隣に雷が落ち、緑が焦げた。
「しゃっ、洒落が通じねーぜ」
もう少しで片足が焦げるところだったのをユウジは寸前でかわし、額の汗を拭った。
神タはユウジを軽く睨み、ライに目線を移した。
ライを見た神タは暫くライを見つめた後、唇を小さく震わした。
瞬きも五十回ほど繰り返し、所々で雷も鳴り響く。
「ラ、ライか?」
声が震えているし、聞き取りにくい低い声だが、神タが自分の名を発していると分かったライは項垂れていた顔を上げ小さく頷いた。
「本当にライか?」
そう言った神タは胸元から真っ白な手拭いを出し、目元に溜まってきた自分の涙を拭い。
「大きくなったな……」
と告げた。
ライは首をかしげた。
自分は神タ様(どうやら雷様の様だが)に今まであった覚えがない。確かに自分は物覚えの良い方ではないが、仮にも雷様は神様の一人だ。
それにあの見かけだ。忘れる筈はない。
しかし、どんなに記憶を辿っても思い出せない。
神タが現れた事で驚きライの涙はいつの間にか止まっていた。
「ところでライ、何か困った事が有ったのかい?」
先ほどの恐い低い声とは一転して、神タはとても優しい声で話しかけてきた。
「誰だ?あれ?」
ユウジが一言発したとたん、ユウジの真横に雷が落ちる。
「オイラのプリチーなお尻が焦げちまった」
湯気が出ているユウジのお尻をナオコが仰ぐ。
「あんまり神タ様を怒らせては駄目ですよ」
というナオコの声に(ちょっとは心配してくれよ)と泣きたくなるユウジだった。
ライの頭はまだ混乱していた。
神タ様が聞いて下さっている、早く答えないと。
頭の弱いライはなんて答えたら良いか分からなくなっていたが、しどろもどろに答えた。
「神タ様、僕は身体を小さくしたいのです」
その言葉に神タは目を見開いた。
「そんな事か?深刻そうに悩んでいるから何かと思ったら。ライ坊ももうそんな年か……どうしても小さくしたいのかい?そのままでも良いだろうに……」
ライは神タの言っている意味が理解できなかった。
何を言っているの?この人は……。このままの姿では困るに決まっているのに、しかもこんなに悩んでいるのにさも簡単の事の様に……。
ライは神様に対してそんな感情を持ってはいけないのだが僅かに怒りが湧いて来だしていた。
「それでは私達が困ってしまうのです」
ライの様子がおかしい事に気がついたナオコがすかさずフォローした。
「ふむ、そうか……ライはそのままの身体を小さくする事はできん」
神タは大きく頷き言い切った。
身体をフワフワ浮かせながら言う神タに何だか馬鹿にされているような気がして、 ライの怒りは膨らみ、なんとか抑えるのがやっとだった。
自分を冷静に保ち、心を落ち着かせ、
「そこを何とかできませんか?」
静かにライは聞いた。
力強く握った拳は地面にヒビを入れてしまっている。
ユウジとナオコは大慌てで星の救命隊(星の自然を維持し守る団体)に電話をかけ 明日までに処置するようにお願いした。
ワン爺さんはちょっと離れた所で昼寝を始めてしまった。
「フム、しかし、ライはツイ族ではないし……」
そう告げた後、神タは(しまった)っと、言うように眉を寄せた。
その言葉にライ、ユウジ、ナオコ、はたまた居眠りを始めていたワン爺さんまでもが目を見開き動きを止めた。
ライは何処からどう見てもツイ族だ。
ツイ族では無いとすれば何だと言うのだ。
「ど、どういう事ですか?ライ様がツイ族ではないと……」
逸早く反応したのはナオコだった。
ナオコは葉のエプロンをグシャグシャに掴んでしまうくらい興奮していた。
こう見えてスキャンダルやワイドショーなどが大好きなナオコだった。
「ワシは何も知らん、そんな事は言っておらん」
しらばっくれる神タだったが、素直すぎる神タの表情からは簡単に嘘が読み取れた。
「もう、観念して下さいな」
ナオコはどんどん追い詰める。
周りにはいつの間にか、球地星の人々が集まって来ていた。
集まってきたと言ってもまだ数人だが……いつもと違う丘の様子に心配になった星の人達が様子を見に来たようだ。
まだ皆、ライ達とは離れた所に居るため神タ達の声は聞こえていない。
先ほどユウジとナオコが呼んだ。星の救命隊も到着し作業を始めた様だ。
ライは先ほどの神タの言葉がショックで固まったまま虚ろな目で一点を見つめていた。
「ツイ族で、無いとしたら他の星の者とでも言うのですか?」
ナオコはもうライの事を心配してと言うよりも純粋に興味で聞いていた。
「そうではない。全くツイ族では無い訳ではない。他の血が混じっておるのだよ。まあ今時、珍しい話でもあるまい?」
そう言って笑う神タはもう言ってしまった事への罪悪感は無いようだ。
ここまで言ってしまったらしょうがないと開き直ってしまっている。
「どうして神タ様はそんなに詳しいのですか?大体、何の血が混じっていると言うのですか……。」
我に返ったライが聞いた。拳がまた震えてしまっていたが、今度はこの地に影響がないように腕を浮かせている。
「それは、それは……」
神タはライの耳元までものすごい速さで飛んで行った。
ライは騒がしくなった鼓動を両手で抑え神タの言葉を待った。
神タは耳元まで行ったかと思うと、その耳の中に大きな風を吹きかけた。
「内緒。自分で調べなさい」
と言い、ライの目の前まで行きにっこり笑った。
その笑顔に何となく心が癒されるライだったが、騙されてはいけない。結局、前に全然進んでいない。どころか、もしかして後退してしまったのではないか。
ライは大きく項垂れた。
「あ、そうそう」
思い出したかのように神タが小さく笑い、
「ツイ族の身体のままは小さくなれないが、人型には小さくなれると思うがな」
そう告げた。
拍子ぬけしたライだったが、神タが上に向かって飛び始めたので慌てふためいた。
「ど、どうやってなるのですか?」
もう一度振り返った神タは軽く頷き、一冊の本を投げた。
その本をライは大きな掌で受け止めた。
「ワシはもう疲れた、帰って昼寝でもしたいわい。それに載っておるから調べなさい。」
そう言って神タは帰って行った。
「見かけは可愛いけど中身は爺だな」
ユウジが呟いたと同時に雷をユウジの真横に落としながら。
ユウジはすっかり不貞腐れかけていたが、気を取り直し、羽を開いてライの掌まで飛んだ。
小さすぎてライが開けずにいた本を、ライの掌からバリっと剥いだ。
まだまだライの皮膚液の様な緑色の液がドロっと本の表面に付いている。
隣にナオコも飛んできた。
「えーと、どれどれ」
ユウジは本の題名を見て目を疑った。
そこには『神になる為の基礎能力強化書』と書いてあった。
「あの爺、本、間違えたんじゃねーか?」
ユウジは軽く頭を捻りながら本を開いた。
「な、何が書いてあるの?小さくなる方法、書いてある?」
流石にこの本の字は見え辛いらしい、ライはユウジに何が書いてあるか急かした。
天中星で読んでいた本はちゃんとツイ族サイズの本だった為、こんな小さい本は見たことがないライだった。
「ちょっと待ってろよ、えーと」
一枚めくった所でナオコが声を上げた。
「ユウジさん、これ、これじゃない?」
そこには、≪基礎中の基礎≫、と書いてあり、≪身体を小さくする方法、人型編≫と書かれていた。
「これってさ、俺も覚えたら人型になれるのかな?」
ユウジが目を輝かせて言った。
呆れ顔で見ているナオコの横でユウジは真剣に読む。
「…………」
かなりの時間を要していた為、ナオコはライの鼻の横の掃除を始めた。小さな埃がいっぱい詰まっている。
「ライ様?久しく身体を洗っておいでで無いでしょう……?でもライ様を洗うとなると人手がいるし、これはどうにかして小さくなってもらう必要がありますね。」
にこにこ顔のナオコはすっかり母親のような顔つきでライを見つめる。
「ユウジさん、こちらにも見せて頂戴な、何をそんなに時間がかかっているの?」
とナオコが本を覗き込むとそこはまだ先ほどのページのまま、さらに呆れ顔でユウジを見る
「ユウジさん、今まで何を読んでらしたの?もしかして意味が分からなかったとは言わせませんよ?」
クリクリまつ毛の真剣な目は意外にも迫力がある。
ユウジは目を泳がせ、たじたじと足元を見つめ拗ねる様に足をばたつかせる。
「オイラ頭わりーもん。ナオコちゃんは学校でも学年でトップ3だったけどさ、オイラも3だったけどワーストのだったもん……チェっ」
ナオコは小さく息を吐き、再び本に目を写す。
「えーと、自分の大事な人を思い浮かべる。の後にややこしい呪文が書いてあるわ。……ハルカラアキニ……って読むのかな?」
ナオコは読み上げた後、急かす様にライを見つめた。
ナオコの言う大事な人、自分にとっては誰だろう?祠堂様かな?
その時浮かんだのは、あの時自分の手の中にいた、小さな小さな少女(美津)だった。
ライの周りにある草花がカサカサ揺れる。深い緑、小さな白い花を手に取った小さな少女(美津)の姿が見えるような気さえしてきた。
『ハルカラアキニ……』
ライが呟いた時、ライの身体全体が青く光り、一瞬にしてライの大きな身体が消え一人の綺麗な少年が現れた。
推定年齢は美津と同じ6歳ぐらいの少年、だけど綺麗な青い垂れ目で目の下に大きな涙袋、ライの面影はどことなく残っていた。
「すっすげー、俺も、俺もやる。……ハルカラアキニ……」
とつぶやいた後、登場したのは人型になりきりポーズを決めた先程と変わらないカブトムシ型のユウジだった。
呆れ顔で見つめるナオコ。
「身体を人型に小さくさせるのは血がさせるのです。ユウジさんには無理ですよ、ってコントをやってる場合ではないですよ、地球星の時間がどんどん立ってしまいます、急がなければ」
にこっとナオコが笑う。
祠堂様から持たされていた鞄の中から一枚の古い地図を取り出す。
そこには、生命の実と癒しの土の場所がすごく分かりにくく描かれていた。
「祠堂様、絵下手なんじゃね?」
ユウジがぼそっと呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます