第2話 心細い旅の始まりだった筈が......。個性的な仲間
今、現在ライは上空を一人で飛行中だった。
ツイが一人で飛行するのは、とても珍しい事だった。
あの後、祠堂が、一足先に民家に送り届けていた正夫の元に、美津を(本当はライが送り届けたかったがライが動くと影響がでる。)送り届けた。
そして祠堂からきついお説教を受けた後、事の重大さを聞かされた。
そもそも、地球星の力になる為に訪れたというのに、破壊するなんて言語道断。
この地を元通りにしない限り、嫌、元通りは無理だとしても、できるだけの応急処置でこの地を立て直さなければ、天中星に帰れない。
そう祠堂は言った。
そして今、ライは大急ぎである星を目指し飛んでいた。
祠堂はあの後、彼の能力の一つ、癒しの力で倒れなかった木々や草花、そして生き残った動物達の回復をさせるため、地球に残った。
そして、ライは祠堂の為、嫌、自分自身の為その星を目指していた。
祠堂は、ライの責任は指導不足の自分の責任。そう言っていたが、そんな訳は無い。
何処からどう見ても自分が悪い。
ライは心が痛く、飛びながら身を震わせていた。
ライが一人で飛ぶのは初めての事だった。
一瞬、頭の中をよぎった過去の自分。初めてと言ってもライは思い出せない過去がいくつかあった。
仲間や祠堂には話せていない。これ以上、自分が落ちこぼれだと知られたくはなかった。
だが、先程言ったように、ツイ族が一人で飛ぶ事は無いに等しい。
生まれた時は母ツイの元で育つが、飛ぶ能力を持ったと同時にパートナーの主人、(ライの場合は祠堂)と供に生涯を過すのが代々の慣わしだ。女の場合は違う人生もあるが男はそう決まっていた。
大気圏を抜け、重圧が変わる。
息もできなくなり呼吸法を変える。
体内に溜めておいた空気で息をする。
周りは真っ暗で小さな星が遠くに見えはするもののライはかなり心細かった。
さすがに方向音痴ではないけど、かなり心細かった。
体内の中の空気もそんなに長くは持たない。
元々垂れ目なライの目は情けないほどに垂れてしまっていた。
その時、自分の掌がすごくムズムズした。
そろそろ一時間。ライは知らないがもうすぐ掌の掃除の時間。
一時間間隔でいつもくすぐったくなるとライは思っていた。だけど、今日はいつもよりくすぐったい。
「くすぐったいっっ」
何かが毛穴から伸び始めた毛に絡まっている。
正確に言うとライの掌の毛の一本にはカブトムシがぶら下がっていた。
カブトムシはライに目を向けているようだ。超ミクロモードでライも見た。
暫くお互いを見つめ合った。
先に声を発したのはカブトムシ。
「もう、落とすなよな」
本当は聞こえないだろうその声、意外にとても大きくライにも届いた。
ライはカブトムシが言葉を発したことだけでも驚いていた。そもそも大気圏を超えたのにどうして無事なのだろう。
「もう忘れちまったのか?一応、前の星で一緒に旅した仲だろう」
と拗ねた声で話すカブトムシ、名前はユウジ。
実際にはカブトムシではない。
この二つ前に祠堂と訪れた星の生物で、見かけはカブトムシと似通っていた。
見かけは似通っているがこの生物はかなりの高温にも耐える事ができ地球上にあるどの物体よりも硬く、燃えない生物だった。
一緒に旅をしたと言っているが、ユウジが勝手にくっついて来ていただけでライは知らなかった。
びっくりしたライだったが一人が大嫌いな彼は内心、嬉しくてたまらなかった。
ライの頬に大きな皺が刻まれた。
なんだか嬉しくて手も左右に揺れる。
「お、おい笑うな、揺らすな!落ちる」
足を滑らせそうになり必死でライの皮膚から出ている毛にしがみ付く。
ライの掌の毛はもう充分掃除できるくらい伸びていたがユウジは小さすぎて掃えなかったようだ。
「ここで落ちたら死ぬぞ、まじで」
ユウジの呟きは切実だった。
「で?旅行先は何所なんだ?」
リラックスしたユウジの声に苦笑い。
今、ユウジはライの口の歯茎と裏唇の所をハンモック代わりにしてくつろいでいた。
なんだが嫌な苦みが口の中に広がり、ちょっとライは不快だった、掌に居てくれとユウジにお願いしたが、あそこは危ないから嫌だと断られた。
そこで初めて自分の身体の構造を聞かされ驚いた。意外に便利な造りらしい。
しかし、ユウジ……お前の体液もかなり危ないぞ。
この世のものとは思えない嫌な苦みに顔を歪ませた後、考えても仕方無いと、気にせず目的地を目指していた。
「おい、聞いてんのか」
返事のないライに痺れを切らしもう一度訪ねる。
「僕が喋ると危ないだろう?」
モゴモゴした声を発したと同時にライの口内は揺れた。
「あわわわわ、わ、分かったからもう喋るな」
静かになった口内でユウジは一息吐き、冷や汗を拭った。
暫く飛行を続けていたが、ライは悩んでいた。今、目指している星、実はユウジの故郷の球地星(きゅうちせい)。
とても地球と似通った星で、しかし大きな違いとして人類に似た生物がいないという所だった。
そう、地球と似通っているということは、ライがその星に入るとまた悪い方向に影響が出てしまうということだ。
地球を訪れる前の前に訪れていたのだが、この星には運良くとても広大な丘がありライはそこで待機する事が出来た為、その時は何事も起こらず事なきを得た。
球地星は主人とツイ族が、第二の故郷と呼べるほど度々訪れている地でもあり、星の生物達からも、かなりの歓迎を受けていた。
しかし、今回は重要なことを任されている。
自分が動かない訳には行かない。
待っているだけなんて、そんな事、自分の気が治まらない。
だけどこの身体だ。
まだ自分で小さくする事もできない。
うだうだ悩んでいたライだったが、無事、球地星に到着した。
ここの着陸はライのお気に入りだった。
ツイ族専用待機場所になっている丘は草がとても柔らかく、だが潰れないほど丈夫で草達の心配もしなくて良いのだ。
ライの口内に本当に僅かだが嫌な塩気が広がった。いつもならそれぐらい僅かだったら気がつかないが、感じた事の無い嫌な塩気に唇が痺れたような気がしたのだ。
実は居眠りしていたユウジの鼻提灯が割れたのだった。
「ん?着いたのか」
ライの口内から呑気な声が響いた。
ユウジがライの口内から飛び出した時、ユウジの身体が3倍くらいの大きさに膨らんだ。
ユウジ自身も驚いている様子だ。
自分の手足を見た後、周りを見渡し。
「おっ愛しの我が故郷じゃねーか、ってーかもう帰ってきちまったのかよ」
カブトムシの3倍の大きさが、ユウジの本当の大きさだ。地球に着いた際にユウジは自分の能力で身を縮めていた。
球地星に戻った事で体のサイズも元に戻ったのだ。
ユウジのほおけた様な口調の後、丘の下からユウジをさらに6倍くらい大きくした人間の赤ん坊サイズのカブトムシが現れた。
「ユウジさん、心配したのですよ」
その巨大カブトムシは高音のとても可愛らしい声をしていた。
見たところ女性の様だ。
可愛い葉で綴られたエプロンを巻いている。
小さな目の玉からは止めどないほどの涙が流落ちていた。
「ナオコちゃん、ごめん」
ユウジは、巨大カブトムシ、名はナオコの、涙を優しく拭った。
目の前でメロドラマが繰り広げられている事に、ライは戸惑っていた。
その事に気付いたナオコは涙を拭い、ライの目の前まで近寄り深々とお辞儀をした。
「ライ様、いらっしゃいませ。ユウジさんを無事届けて頂き有難うございます。本日は、祠堂様はどうなさいましたか?」
ナオコは不思議そうに顔を傾げる。
まつ毛がクリンと上がってとてもチャーミングだ。
ライはあまり頭が良くない。
今回の事情を上手く説明できないでいた。
軽く頷いたナオコはちょっと考えた後、
「ちょっと失礼しますね」
そう言い、自分の触角をライの鬚まで伸ばした。結構な長さを伸ばさなければならないので時間はかかるが、そうする事で過去の記憶を映像で読み取る事が出来るのだ。
ナオコの触角が元の姿に戻った。
難しい表情を浮かべ溜息を吐く。
「困りましたね、と言う事はここには生命の実と癒しの土を取りに来たのですか?」
ボトボト汗を流しながらライは頷いた。
ライの汗と言う名の大量の水は球地星の草達によってどんどん吸い込まれた。
「あらあら、一緒に考えますから、そんな顔しないで下さいな。だけどあれはこの星の天然記念物です。私どもの様な一般人は持ち出し禁止です。主人様かツイ族様でないと……。しかしその身体で動きますとこの星も大変なことになってしまいますわ」
三人で深刻そうな顔をしていると何か毛の様な物がナオコの肩を突いた。
不思議に思い振り返ると、そこには大人の人間ぐらいの大きさの犬が二本足で立っていた。
その犬は足の先まで長い鬚が生えている。
先ほどナオコの肩を突いたのはこの犬の(正確には犬では無いが)鬚だった様だ。
「ワン爺さん」
かなり驚いた声をナオコは発した。
姿を現すのは珍しい事の様だ。
ワン爺さんの毛並みはとても美しかった。
全てが綺麗な真白。若い頃は真っ黒だったらしい。
「お困りの様ですな」
ワン爺さんはほとんど目が無くなってしまっているのではないかという様な細い眼で優しく笑った。
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