第10話ツユクサ
あの女と目があった時、瞳は青いはずなのにその瞳の奥には途方も無い闇が見えた。
その闇の中には荒れた海を見下ろすように荒れ果てた灯台が建っている。
灯台の麓にはあの女が立っていて足元には人の形をした何かが転がって彼女を笑っていた。
私とは違う秘密を持っていることはわかった。
「パパ。ママ。やっと会えたよ。」
あの夜、部屋のあちこちに散らばった家族は赤く、冷たかった。
咲くはずのない彼岸花が部屋を少しずつ埋め尽くして行くように家族の体内を温かく巡っていた液体は冷たく流れて固まる。
手についた液体はまだこんなにも温かく感じるのに。
家族を構成していたモノはもう記憶の中だけにしかない。
家族が死んだことはもう過去のことだった。
死んだ瞬間から今が更新されて過去に成り下がる。
頰を伝った涙は床に落ちて血と混ざり合う。
過去を受け入れられてないことを今に伝えるように音も立てずぼんやりと曖昧に反射した影は泣いていた。
人の死にはじめて対面したからだろうか。
彼女は殺した後泣かないだろう。
昨日の彼女からは涙の匂いはしなかった。
通り過ぎた時少しだけ感じた血の匂いは私の感じた闇を確信へと変えた。
兄を殺した時泣くだろうか。
肉親が死ねば自然と溢れてくるだろうか。
何度も命を摘み取っている彼女にまだ涙は残っているのだろうか。
私は肉親でなくても泣くのだろうか。
自分に問いかけ続けても答えは帰ってこない。
「あなたは泣かずにはいられないわ。」
「ママ。」
今になって家族が私の前に現れる。
闇の中で彼女たちは笑っている。
もう2年も経っているのにどうして。
部屋の明かりをつけると彼女たちは消えていなくなった。
子供はなぜ暗闇を避けるのか。
その答えは簡単で見えないということはわからないということ。
未知は人を恐怖に陥れる。
死んだ家族を見せる闇は私にとってはまだ未知なのだろう。
私と違って闇の中で生きるエマはこの闇に何を見ているのだろう。
あの灯台は彼女にとって何を意味するのか。
それは彼女にしかわからない。
ふと外を見ると窓からはぼんやりと光が入ってきた。
また今日も眠れなかった。
窓を開けると遠くでサイレンの音が聞こえた。
部屋に入ってきた空気は雨の匂いがした。
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