第9話ラベンダー

篠崎春華エマ。17歳。

父がアメリカ人、母は日本人。

2年前までは父親の仕事の関係上オーストラリアアデレードで生活していたが両親と死別したことで母方の祖母に引き取られる形で日本へ移住。

祖母とも1年前に他界。

現在東京都杉並区で兄と2人暮らし。

学校で目立たないタイプだが成績、生活態度共に優秀。

親しい友人は特にいない。


身寄りのない兄妹か。


「おい、原田。両親の死因は?」


「事故死でしたね、向こうの警察に問い合わせたら国内旅行中の事故で兄と彼女だけが生き残ったみたいっす。」


「ほかに篠崎の周りで死人は?」


「今のところは出てきてないっすね。」


篠崎が犯人である線はほぼゼロに近いが昨日感じた違和感はなんだったのか。

わかっていることが少ない分誰でも疑わしく思えてくる。

プロの犯行である線が一番濃厚だが近場でこれだけの人数の殺しの依頼があるとも思えない。

本当に害者に共通点はないのか…


「なんか、霧みたいな事件すっね。犯人像が全く見えないしなんも掴めない。」


霧か。

刑事になってからこんな事件は初めてだ。


「おい、妹がダメなら兄貴の方あたるぞ。」


「まだ篠崎疑ってるんすか?俺の勘があの子じゃないって言ってますね。」


「うるせぇな!俺の勘が言ってんだよ!行くぞ。」





妹のいない夜は終わりがないように感じる。

もう戻って来ないのかもしれない。

いや、もう俺の手の届かないところに彼女はいる。

人を殺した後の彼女の匂いは生きているはずなのに死んでいる人間の匂いがする。

あの日鼻の奥にこびりついた父と母の匂いと同じ。

オーストラリアは日本より法定速度がは速い。

時速100キロなんて当たり前で元々日本にいた母は苦手だった。

いつも通りの小旅行のはずだった。

人は自分の身に危険が叩きつけれると世界はスローモーションに見える。

1秒が10秒以上にも感じる。

1、2、3回転。

車体が宙に浮きながら回る。

体験したことのない衝撃が俺を襲った。

視界がぼやけて世界が歪んだ。

光がスポイトで吸い取られるように俺の視界は真っ暗になった。

視界はぼやけていたはずなのに道路の端で笑う男が見えた。

あれは事故じゃない。

どうして今頃あの事後思い出すのか…


「篠崎くんだよね?ちょっといいですか?」


スーツを着たドラマの脇役に出て着そうな男が話しかけてきた。


「えっと、どちら様ですか?」


「ああ、僕警察のものです。妹さんについてお聞きしたいのですが?」


さっきまで頭の上にあった意識が急降下して自分に戻ってきた。

ついにきたか。


「最近近くで殺人事件が頻発してましてね、事件の翌日にコンビニに行く妹さんにあったんですよ。」


よかった。まだ妹が犯人と決まったわけではないらしい。


「はぁ、それで?」


「最近妹さんに変わった様子だったり、夜にどこか出かけたりとかないかな?」


「難しい時期なので最近妹とはあまり話していません。たまにコンビニに出かけますがそれくらいで。」


「そっか。ありがとう。」


そういうと刑事は去って行った。

なんとかごまかせただろうか。


「普通の大学生って感じでしたね。」


「普通妹が疑われたらあんな反応か?

もうちょいリアクションあってもいいだろ。」


「尾崎さんは疑いすぎなんですよ!急に押しかけられたらわけわからないっすよ。」


原田が言ってることもわかるが普通自分の妹が疑われてる風だったら少しは心配するだろ。

雲をつかむとはよく言ったもんだ。

原田に言わせれば霧らしいが…


「クソが。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る