第20話 警察用レーション

「えっ……人民代表会議のフルコースを?」

 久々に機動警察課に顔を出したササキはさすがに固まった。


「そうなの……」

 一応上官にあたるレナ・ホーク機動警察大尉が髪をかき上げ、溜息をついた。


「ははは、またまた御冗談を」

 ササキは笑おうとしたが顔がひきつってうまく笑えなかった。


「グレッグ大佐は休暇申請を出して冥王星に旅立ったわよ」

「休暇申請を出しにきたのは自分なのですが……」

「というわけで、これ何とかしないといけないの」

「つまり自分の休暇はないと……」

 ササキはぽりぽりと頭をかいた。


「しかし何とかと言われてもなぁ……」


 ササキはこれまでの調査活動やパトロール中に出会った食べ物を思い出した。

 たしかにそれぞれ旨かったのだがコース料理、となると違う気がする。

 大破したコロニーで見つけたレーション系のコースをそのまま出しても違う予感がする。


 人民代表会議といえば最高意思決定機関だ。

 あらゆる権限を持っており、そこでの失態は文字通りの死を意味することもある。


「それがどうして機動警察でもなくこの課に直接来るんですかね」

「困ったことに……ササキくんのレポートが原因なの」

「自分のレポートがですか?」

「そう……あまりに美味しそうな食品が調査対象でよく出てくるので、どうやらえらい人たちの間で出回っているらしいわ、読み物として」

「それ自体はありがたいのですが……」

「いまは"ディストピアめしレポート"として高官も読んでいるらしいわ」

「ははぁ……」

「レポート作成者のあなたは"ディストピアめしのササキさん"と呼ばれているそうよ」

「ありがたいのかありがたくないのか……」


「もっとも調理が必要ならえらい人たちのおかかえがするらしいので、こちらがやるのはメニュー決めと食料品の調達」

「まぁそういうことなら……」

「ただ失敗はこれよ」


 レナは首を親指でかききるジェスチャーをする。


「……うわ……たまに聞く党独自の刑罰ですか?」

「何でもとてもグルメのVIPがいるらしくて、お気に入りになれば一生食べていけるかわりに失敗すると普通に懲罰部隊送りらしいわ」

「……懲罰部隊……」


 懲罰部隊。

 そこに送られた警察官や兵士は極寒の衛星でひたすらレアメタルを掘る作業をさせられていたり、抵抗勢力に対する危険な監視任務が課せられているという噂だ。


 実際に機動警察で懲罰部隊に送られた者もいるということは聞いたことがある。


「……いずれにしてもササキ君ご指名だけど連帯責任の可能性もあるわ。まずは一緒にフルコースを作る道を探しましょう」

「うーむしかしこのへんで手に入るものといったらキューブ飯とかですからねぇ」

「そもそもコース料理というのがピンとこないわ……何か参考情報ってないのかしら」

「お偉方はふだん何を食べているんですかね?」

「……S1管理者クラスでも天然の食材なんか手に入らないから工場で生産した管理者用の定食って噂よね」

「なるほど……」


 ササキは考え込んだ。

 管理者用の定食といっても、いわゆる定食であれば工場などに内容を聞くことはできる。ただおそらくは普段警察官が食べているものとそこまで変わらないはずだ。


 いまの地球で真に贅沢ができるのは党の人間だけだ。

 全人代ということであれば党のお偉方も出席する。彼らはそれなりに良いものを食べているはずだ。


「……まずは党の人たちが普段何を食べているか、それの調査ですかね」

「たしかにそうね。じゃそれは私がやってみるわ」

「それはそうと腹減りません?」


 ササキは今日休暇届を出してそのまま旅立つつもりだったので昼食をとっていなかった。

「あぁ……そうね……ちょっと疲れたから私も何か食べたいわ」

「何かあります?」

「いつもの警察用レーションね」

「あれか……」


 ササキは少しがっかりしたがやむを得ない。

 

「いま持ってくるわよ」

 レナが事務所の奥でごそごそしたかと思うと、いわゆるタッパーのような形状の箱を持ってきた。警察用Ⅱ型糧食と印字されている。


「あたためる?」

「あまり変わらないからこのまま食べますか……」


 二人して事務所の会議用テーブルを囲んだ。


 タッパーのフィルムをはがす。

 中には米とどろっとした茶色のスープ、乾燥した果物が入っていた。


 以前コロニーで食べた「瞬間おにぎり」はほかほかだったが、これは冷たいままだ。人類はこの管理体制になっておそらく味覚が後退したのだろう……とササキは思った。


 冷たい米にカレー……とも言えない薄い味のスープをかけて食べる。

 ぎりぎりまずくはないが、特段旨くもない。いつもの味だ。

 これならいつぞやの職員用定食のほうがマシだ。


 レナももそもそと食べる。

 これで栄養自体はいろいろと配合されているので、これを食べているだけで健康には生きていける。しかし。


「やはり楽しんで食べたいですよね……そのためにもお偉方のミッションこなしてみますか。もしかすると生産できる余地もあるかもしれませんし」

「やってみるか」


 ササキとレナは顔を見合わせて「にっ」と笑った。


「警察用Ⅱ型糧食」

――材料 (1人分)

警察用Ⅱ型糧食× 1


――作り方

1.フィルムをはがす

2.食べる


――コツ・ポイント

温めても良いがそこまでうまくならないので注意。

時間を省きたい場合はそのまま食べましょう。

栄養素自体は大量に添加されています。






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