第19話 管理者の前菜
「……いい加減に飽きたぞ!」
その人物はフォークを放り投げた。
環境省管理者ランクS1……少将待遇の階級章を付けた初老の男。
「アトキンス閣下、そうは申されましても」
作業服姿に尉官の階級章だけつけた環境省職員が困惑した表情でフォークを拾った。
「はぁー……」
アトキンス環境省管理者・少将待遇は盛大な溜息をついた。
彼は管理者食堂の豪華な丸テーブルに置かれたトレイをにらんだ。
そのトレイは管理者食堂だというのに下のランクと全く同じ、何かの合成金属でできたみすぼらしいトレイ。
そこに乗せられているのはB定食。
「いいか……君たちはわかっていると思うが」
「はぁ」
職員は面倒くさそうに頷いた。
「キューブ3つのA定食よりはB定食は確かに豪華だ。ただその違いはコーヒー味のキューブがついているかどうかだ」
「栄養も万全でそこそこ美味しいと労働者には評判ですが」
「飽きてきたのだ……」
「ではC定食にしますか?」
「あれはあれで魚味のキューブとポテト味のキューブだけだろう」
「そうしたらA定食しかありませんけど」
「B定食からコーヒー味のキューブを抜いただけではないか!」
アトキンスはどんどんとテーブルをたたいた。
貧相なトレイが宙に舞う。
「あまり興奮なされるとメディカルマシンがすっとんてきますよ」
「……わかっている……」
アトキンスはあきらめたようにコーヒー味のキューブをがりっとかみ砕いた。
水分量も多くコーヒーの風味が漂い、気持ちが少しだけ落ち着く。
飽きてはいるが、キューブ飯はそこそこうまいのが余計に腹が立つ。
ふとアトキンスは思い出したように問うた。
「そういえば……何やらレポートのほとんどが飯の調査で埋まっている捜査官がいなかったか?」
「あぁ……面白いので機動警察とか管轄省庁だけじゃなくてこちらにも報告書が回ってきたやつですね」
「何といったか……サザビーだかササイだか」
「ちょっと調べますね」
職員は腕に埋め込まれた極小の端末にアクセスしているようで目を閉じた。
「……おっこれですね、地上軍警察 捜査隊 機動捜査課 のササキ中尉です」
「おぉ、それそれ」
「衛星上のコロニーだったりの探索で成果をあげており……つい最近もシェルターで我々の管理下にない民衆を発見していますね」
「食レポもなかなか見事なものだった」
「環境省に呼びますか?」
「いや……地上軍警察に要請を出そう。これは環境省からの正式な任務である。近々……全省庁の管理者で晩餐会を開く。そのコース料理を考案するように!と」
「え……晩餐会ってもしかして、あの
「そう、あの
アトキンソンはにんまりと笑った。
――しばらくして機動捜査課のグレッグ・フォン大佐は頭を抱えていた。
「どうされました?」
個室で頭を抱えて唸っているグレッグに声をかけてきたのはレナ・ホーク機動警察大尉だ。
「……環境省から内務省の管理者に直接要請があった……」
「何か難しい捜査ですか?」
彼女は気軽に聞いた。そして聞いたことを後悔することになった。
「全人民を代表する管理者および人民代表会議のお歴々が年に一回の晩餐会を開催する……その晩餐会のメニューを
「へぇー内務省にですか?」
「違う、
「機動警察に? それは初めての事例ですね」
「そうじゃない、この、機動警察課にだ」
「……」
レナ・ホークはどんどん青ざめていった。
「え……あの人民代表会議で開催される晩餐会のメニューを?」
「そう、そしてその成否はメニューの良しあしで決まると有名な……」
「5年前に財務省の管理者がアレルギーで倒れた時は……」
グレッグ大佐は首を切る真似をした。
「文字通りこうなったな」
「……と、とにかく内務省はどう対応するんですか?」
「いやもう内務省も機動警察本庁も全員、ウチに押し付ける気だ。本庁の担当官は休暇申請と転属願いを同時に出してプロキシマに旅立ったよ」
「げ……休暇申請って間に合いますか?」
「俺がバックデート申請すればな……文字通りのクビ覚悟で」
「と、いうことは」
「少なくとも俺の配下の機動警察官は全員がこの任務にまい進しササキをバックアップする。あと3か月でコースメニューを完成させなければならん……あ、コロニーのメニューをそのまま使うのは却下と来ている」
「こりゃとんでもないことになったわね……」
レナ・ホークは溜息をついた。
そしてこの任務の知らせはちょうど休暇申請を出しに来たササキが数時間後に知ることになるのだった。
「職員のためのC定食」
――材料 (1人分 C定食)
合成食の立方体(白)……1個
合成食の立方体(茶)……1個
合成食の立方体(緑)……1個
合成食の立方体(茶)……1個
――作り方
1.注文する
2.食べる
――コツ・ポイント
たまには食べるキューブを変えましょう。
――レシピの発見場所
環境省管理者食堂
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