第18話 ○○肉の焼き肉

 市場と思われる空間は、上から見ている分にはそうでもなかったが、実際に降りてくるとかなり広く感じた。


「誰か話せるものはおらんのか?」

 ファーブルが腰に手を当て、遠巻きに見ている人々に話しかける。


「いわゆる標準語ぢゃ! 別の言語でも良いが、極地戦争前の言語も数種類ならいけるぞ」

「さすがロボ博士ですね」とササキ。

「ロボではない! アンドロイドぢゃ」


 ササキはこの人々が銃などの武器を持っていないことは端末を使って確認しているが、市場には包丁だの農機具だの、武器として使えるものはあふれている。

 ササキは何かあれば拳銃を抜くつもりで身構えてはいた。


 とはいえ、こういう時、言語で意思疎通できるにこしたことはない。


「arigaa?」

 相手も話そうとする意思は感じられるのだが、さっぱりわからない。


「何か類似する言語はありそうなんぢゃがのう」

「こういう時どうすればいいんですかね?」

「そうぢゃのう、まずは単語を1つでも特定せんとな」


 ファーブルはすたすたと市場の店先に歩いて行った。

 その店は、木の台の上に何らかの肉を並べて売っているようだった。


「これ、これぢゃ。これは何ぢゃ?」

 ファーブルは指差して言った。

「payuk?]

「ええい、これぢゃ、これの名前が知りたいのぢゃ」


 でっぷりと太った店の主人が出てきた、しばらく思案顔をしていたが、やがてぽんと手を売って笑顔になった。


「aqtoq?」

「ようわからんが、それぢゃ、それ」

「aqtoq!」


 店の主人は笑顔で、ついてこいとでもいうように手招きして歩き始める。

 ファーブルとササキは一瞬顔を見合わせたが、ついていくことにした。


 市場を抜け、この空間の中の一方の壁のほうに向かう。

 壁には閉鎖可能な鉛の扉がついている。1人づつしか通れないような狭い扉だ。

 このシェルターに住んでいる住民たちは、区画から区画への移動の際はみんなこういう扉を通っているのだろうか。


「igluraq」

「わかったわかった」

 ファーブルはちょこちょことついていく。

 扉をくぐると、今度は一転、冷気が流れ込んできた。


「寒!」

「これは……」


 こちらはさきほどの区画と違い、人工太陽は輝いていなかった。

 まるで夜のような空間だがほんのりと明るい。

 そしてこちらは寒さを利用してか、開放的な小屋にさまざまな肉が塊で吊るされていた。


「……なんか変ぢゃのう」

「変、とは」

「うーむ……一応、銃をいつでも抜けるようにしておけ。ワシは戦闘型ぢゃあないからのぅ」

「わかりました」


「alappaa?」

「どこまでいくんぢゃ?」


 店の主人は笑顔で小屋のひとつを指さした。

 その中には、何か金属製の、一言で言うと巨大なコーヒーメーカーのような機械が置いてあった。


「こ、これは……」

 その機械の中では何か鮮紅色のものが流れているようだ。パイプの一部が半透明で、そこから流動物が見えた。

 パイプ状のものは地面へとつながっている。


「aqtoq!」

「……なるほどどうやら検討ついたわい」


 ファーブルははぁーっとため息をついた。

「もう警戒を解除してもたぶん大丈夫ぢゃ」

「これは何なんです?」


 ファーブルはにやりと笑った。

「これは旧世紀型の人造肉合成装置ぢゃ」

「え、これ肉なんですか?」

「……草や日光からタンパク質を合成できる夢のような装置ぢゃ……」

「すごいじゃないですか」

「ただふつうに牛や豚を天然で飼育するよりもはるかに大量の飼料を消費することを除けばな」

「あ、そうなんですね……」

「とはいえまぁ牛や豚を飼育するにはそれなりの施設がいるし、こういうシェルターなら確かにこの装置が向いているかもな……それと、言語を特定したぞ」

 ファーブルはもう一度にやりと笑い、さらにそっくり返った。

「おぉ!」

「これは極地戦争前の言語で……少数民族・イヌイットの言語ぢゃ」

「聞いたことがあるようなないような」

「かつての極地に住んでいた狩猟民族でな。肉を意味するaqtoqでようやくわかった。少し変化しているようぢゃが、ワシの言語分析機能は90%以上の語彙ごい一致と判断しておる」

「これで意思の疎通ができるように」

「そういうことぢゃな……おっどうやらご馳走してくれるらしいぞ」


 気がつくと店の主人以外に、広場にいた数人がやってきて、バーベキュー台のようなものを運び出していた。あっというまに火をおこすと、小屋から肉の塊を持ってきて焼き始めた。


「おぉ!」

「人造肉とはいえ再現度はかなり高いと聞く……じゅるり。しかもあの型は脂肪分やタンパク質の合成を微妙に変化させ、牛肉っぽい肉から豚肉っぽいものまでわりと自由に作ることができるらしい」

「最高じゃないですか」


 そうこうしている内によく焼けた肉に塩をふりかけたものが出てきた。

 それをフォークにつきさして口に放り込む。

 じゅわっと肉汁が口の中にあふれ、そして塩が旨みを引き出していた。


「うわ! 美味い!」

「……効率の悪さと引き換えに得られた旨さぢゃからのう」

「これでアルコールくらいあればって思いますけどね」

「yuuqqaq?」


 店の主人が何やら湯気のたつ木製のマグカップを持ってきた。

 試しにすすってみると、暖かいミルクにブランデーのようなものを加えたものだ。

「おぉ、これはこれで」

「なかなか、合うな」


 すでにファーブルは食べては飲み、食べては飲みを繰り返していた。

 バーベキュー台の周りにはいつのまにか多数の住民が集まり、皆笑顔で焼けた肉を受け取って食べているのだった。


「培養肉の焼き肉」

――材料 (1人分)

培養肉(人造肉) × たくさん

 レシピA :99%牛のカルビ肉と一致

 レシピA-2 :99%牛のハラミ肉と一致


――作り方

大量の牧草、トウモロコシ、イモ類を製造装置Q-3345-E5に投入する


――コツ・ポイント

調整の仕方によっては鶏肉もできますが、魚肉はサポート外です

想定通りの環境で動かしてください








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