第12話 人工肉のステーキ

 衛星上に墜落した古代の宇宙コロニーの調査に先行していた退役兵ベテランに合流できたのはキューブなどの詰まったランチボックスを食べてから数日後のことだった。コロニーの居住空間は本来は住みやすさ重視で設計されているのだが、墜落した衝撃でいろいろと歪み、そのために遠回りをする必要があったため、かなりの難行軍になった。


 食料などの補給は要請してはいるが、「食料のためだけに定期便を使うのはもったいない。できるだけ自活しろ」とのことでやむなく現地調達で調査を続行していた。


 退役兵と合流したのは植物の実験棟だった。

 そこはコロニーの外郭に近い箇所で、過酷な環境での生育を実験する場所だったようだ。まるで熱帯のジャングルのように木々が生い茂り、どこかからか動物の鳴き声のようなものが聞こえてくる気さえした。


 退役兵は茂みに潜んでいた。

 その人物は短めの黒髪のほっそりとした女性で、膝撃ちの姿勢でライフル小銃を構えていた。退役兵と聞いていたので60歳くらいの頑健な男を想像していただけに予想外だった。


 彼女はこちらに気づくと、手信号で静かにするように伝えてきた。

 数分後。微動だにしなかった彼女は引き金を引き、撃った。


 彼女はニヤリと笑い、小銃に安全装置をかけ、立ち上がってこちらに近づいてきた。思ったよりも小さく、ファーブルほどではなかったがかなり小柄だ。

「ようやく会えたねぇ」レナが話しかける。


「知ってると思うがイーラン・フォン元海兵曹長だ。臨時職員として今回の調査への協力を頼まれている」

「今は何を撃ってたの?」

「あれだ。たぶん食べられると思うんだが……」


 イーランが茂みの向こうを指さす。

 ちょうどその向こうには不思議な光景が広がっていた。


 子豚らしきものが倒れている。

 しかしその子豚からは血が流れていなかった。

 もっというなればシルエットは子豚なのだが、何やら質感が植物の実のような感じだ。


「え、あれ何」レナが嫌そうな顔になる。

「妙な動物だったのでここ数日追跡していた。草を食べるでもなく、たまに紫外線のあたる場所でぼうっとするくらいだった」

「おぉ! 分かったぞ。あれはベジミートぢゃ」

「何言ってんのファーブルセンセ?」レナが眉をひそめる。

「昔、動物性タンパク質のかわりに野菜を食べる主義主張があったそうで、当初は大豆などの豆類を肉っぽくしていたそうぢゃ。ただし普通の畜産よりも工程が複雑になるので、いっそのこと植物性の肉そのものを生物として作ろうとした実験的な植物ぢゃな」

「え、じゃあれ植物なの?」

「そのようぢゃな、肉にあたる部位はうまいらしいぞよ?」しばらくろくなものを食べていなかったファーブルは食い入るような目つきでその植物のような質感の子豚を見つめている。「あれは草豚と名付けよう」


「まぁ人工肉とかもよく食べますし」ササキがフォローする。

 レナはため息をついた。

「そうね……あんまり食べたくないけど、なんか気持ち悪いから」

「とりあえず解体してくるぞ」

 イーランがナイフを取り出して草豚に近づく。

 草豚はすでに動いていなかった。

 彼女は手早く草豚を解体にかかる。

 その間にササキとレナはキャンプの準備をした。

 

「うーんこんな感じになったが、なんか、骨にあたる部分も竹か何かのような構造で、内臓にあたる部分は何かバイオ電池のような感じになっていた。血のようなものはなく最初から肉もなぜか綺麗な状態だ」

 イーランが捌いた草豚の肉を持ってきた。

 気のせいかスーパーマーケットで売っている肉のように丁寧に処理されているように見える。


「どちらかというと解体のしやすさを重視したのかしら。嫌な匂いがするどころか、何もしてないのにスパイシーなほんのりいい匂いがするわね……」レナが鼻孔をひくひくとさせた。

「物の本によるとハーブ類とか塩胡椒もあらかじめ成分として入ってるらしいぞよ」

「どんな生物なのよ……」

「見ての通り、バイオ電池とかエンジンで動く人工生命体ぢゃな」


 ササキがさっそくフライパンで肉を焼く。

 まるで何日も前からハーブに漬け込んだような良い匂いがしはじめた。


「……なんかすごい美味しそう」レナもその様子を見つめる。

「寄生虫もいないと思うが、何しろ古代の豚で野生化したものじゃ、念の為しっかり火を通すのぢゃよ」

「わかりました」


 丁寧に焼いた草豚のステーキをそれぞれの皿にふるまう。

 イーランもちょこんと座って輪に加わる。


 レナがナイフで切り分けた大きな肉の塊をほおばる。

 瞬間、彼女の表情が固まる。


「……美味しすぎる」

「うぉっほんとぢゃな、こりゃ美味じゃわい」ファーブルも喜んで肉を食べ始める。

 イーランは黙々と食べていた。


 ササキも後に続く。

 草豚のポークステーキの切り身を口に放り込む。

 するとさまざまなハーブと、ぴりっと辛い胡椒の風味が一気に広がり、そしてどこか甘い肉汁が口の中に広がった。

 まるで何日もハーブに漬け込んで熟成させた塩漬け肉のようだが、一方で臭みは全くない。


「これ美味すぎますね……」

「うん……何か酒が欲しくなるわね」

 一同は草豚のステーキを堪能した後、天幕でしっかりと休み、翌日、食料確保のためにしばらく草豚狩りを続けたのだった。


「人工肉(草豚)のステーキ」

――材料 (4人分)


ロースなどの部位 × 4

――作り方


1.草豚をつかまえる

2.解体する(小さいナイフ一本で可能です)

3.切り分けた肉をそのままフライパンで焼く

4.食べる


――コツ・ポイント

生育環境によっては生食も可能ですが、できるだけ火を通してください

あらかじめ香草や塩胡椒の味付けは済んでいます


 

 

 

 

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