第9話 深海魚のサシミ
その区画では反応炉が生きているのか、電気系統などはしっかりしているようで人口重力の様子も普通だった。もちろん現代のササキ達からみて、古い重力制御でメンテナンスもなされていないので、ところどころ違和感を感じる場所はあった。
全体的に照明は暗めで排水溝のようなものがそこかしこにある区画だった。
回廊上になっていて、その回廊の内側は全体的に透明な壁になっており、どうやらその先には液体が満たされている……水槽になっているようだった。
「おぉ、これは凄いな!」ファーブルが興奮した声をあげた。
熟練の科学者の思考方法をコピーしたアンドロイドだが見た目は10代前半くらいの年齢に見える。
"彼女"が感嘆したのはその水槽の中身だ。
実は水槽はこの階層だけではなく、複数の階層をブチ抜くほど大きいようで、よくよく透明壁に近づくと上下でかなりの水深のある水槽になっているようだった。
数十メートルか数百メートルだろうか。
その中で、巨大な潜水艦のような光沢の影が通り過ぎていくのが見えたのだった。
「おぉー……! 何これぇ」レナも驚く。
「ワシも海の生物は専門ではないのぢゃが……これはいわゆるクジラぢゃな」
「クジラですか」
そして鯨の後を追うように、目が若干大きいように見えるが色鮮やかな魚群がさっと通って行った。
「ふーむ珍しいな……」
ファーブルはしげしげと水槽の中身を眺めた。
科学的好奇心が沸き上がってきているのだろう、と思い、ササキも水槽の中の幻想的な光景を眺めた。
人工的に太陽光を模した光が水槽上面から降り注ぎ、シリンダー状の形状をしたこの水槽区画を照らし出していたが、水槽の底のほうは暗く、かなりの水圧になっていそうだった。
「サンプルが欲しいのぅ……」
うっとりと水槽を眺めながらファーブルがつぶやく。
「サンプル採取しましょうか?」
ササキが声をかける。
さきほど、魚を採取するための制御装置を見つけたのだった。
「うむ……サンプル的に、あの赤いの……メバル科的な魚を2~3匹採取して、そうぢゃな、切片をとって……」
「ふむふむ」
「病理学的な検査をして安全性を確かめた後に、アミノ酸とブドウ糖によるアミノ・カルボニル反応による濃い色のついた、植物性タンパク質を分解する過程で生じた液体を塗布……しかる後に人間の感覚器を使ってぢゃな、試験するとしようか」
「何を仰ってるのかさっぱりわかりませんが、とにかくあの赤い目の大きな魚が必要なんですね?」
「まぁそうぢゃな、ワシは科学的実験のための準備をするとしよう」
ササキは制御装置を操作し、マニュピュレーターを使って、赤い魚を3匹ほどとった。水は清潔そうで、何かのろ過機能が生きているのだろう。
魚を容器にいれて戻ると、レナとファーブルがシートを敷いて包丁やらクッキングシートやらを取り出していた。そして黒っぽい液体の入った小瓶。その小瓶には醤油と古い文字で書かれている。
「つまり……」
「変な病原菌がなければそのメバル科のキンキを捌いて刺身にして、醤油をかけて食べようという魂胆ぢゃ」
「なるほど……」
要はファーブルはお腹が空いていたということなのだろう。
そしてエネルギーにするための空腹という感覚や味覚はかなりしっかりしているアンドロイドのようだった。
数分後、怪力で鱗と骨ごとぶつ切りにしようとするレナを押さえて、ササキが丁寧に鱗をとり、昔の調理法を参考にしながら捌いた。不格好ではあったが無事にサクを切り出すことに成功した。
それを切り分け、醤油をつけて食べる。
身はシャキシャキとしているが甘く、よく脂ものっていて大変美味だった。
「うわぁ美味しい! 配給される"魚"と全然違うわね」レナが驚きの声をあげる。
「そうぢゃな、一般的な配給食ぢゃと、化学的に合成されていたり、だいたいは成型されてるがゆえに、生食とかないのが一般的ぢゃな」
ファーブルが醤油につけたキンキの刺身を口に放り込む。
「いやいや満足ぢゃ……この味、触感、ちゃんと記録せねばのぉ」
彼女がいうには、どうやら食べたものは自動的に化学組成などを数値化できるとのことだった。
「次は鯨でも食べる?」とレナ。
「何か月居座っても食いきれんぢゃろうな」ファーブルが笑う。
「まさか探索が数か月に渡るなんてことは……」
「まさかですよね……」
3人はキンキを平らげ、しばしの休息のために天幕を展開するのだった。
「キンキの刺身」(完全養殖水槽から採取)
――材料 (3人分)
キンキ……3匹
――作り方
1.新鮮なキンキを〆る
2.鱗をとり、刃物でおろしてサクをとる
3.サクを丁寧に切り分ける
4.醤油をかけて食べる
――コツ・ポイント
賞味期限とトゲなどに注意
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