第7話 金属塩を用いた凝固型タンパク質

 地上警察捜査隊機動捜査課のササキとレナを乗せた衛星定期便はものの数十分で2人を衛星に運んだ。惑星から上昇し重力圏を離脱、衛星軌道に入って減速しておろす。

 出力も低めで良く、ほとんど貨物船のようなフネだった。

 

 この定期船を運航して数十年というヒゲ面の老人は実に楽しそうにこの定期船の仕事がつまらないかを語ってくれた。2人を衛星におろし若干のレゴリスと鉱石を回収した貨物船はすぐに飛び立っていった。


 ササキとレナはやや旧式の気密服に身を包み、衛星用のホバーバイクを名ばかりの宇宙港の事務所から借りると該当の場所に向かった。宇宙港は完全なる露天で地表に管制塔というのも疑わしい掘立小屋のようなドームが設置されているだけだった。


 惑星用と違い出力はかなり低かったが、空力を考慮する必要もないため、かなりごつごつとした見た目で、ササキとしてはその無骨さがかえって好ましかった。


「ササキ中尉、もうすぐ合流だよ。あれが該当の地点かな……」

 気密服の通信を通じてレナが声をかけてくる。


 衛星は大気もないためほぼ宇宙が広がっており、集団鉱山も僅かしかないため二人のホバーバイクだけが見渡す限りの死の大地の中で動く物体だった。

 レナもその光景に寂しくなったのかもしれなかった。


「そうですね、あのクレーターの淵を超えたら見てきそうですね」

 ササキが答える。

 もちろんその情報自体はホバーバークの簡易なコンソールに表示されているので言うまでもなかった。ただ会話がしたかったのだった。


 直径2kmほどのクレーターの淵をホバーバイクで超える。

 地形が不規則なため高度100mほどを保ちつつも地形に沿うように移動した。


 そうすると大佐の言っていた墜落した宇宙コロニーが見えてきたのだった。

 

 そのコロニーは肉眼で見ると非常に巨大に見えた。

 直径だけで800m、全長だと8000mにも及び巨大な構造物はシリンダー状の形状をしていたのだろう、それが落下の衝撃で三分の一ほどが潰れ、周囲に大小の破片がばらまかれていた。今超えたばかりのクレーターの淵にも30mほどの長さにもなる鋭利な金属片がいくつも突き刺さっていたのだった。


 その宇宙コロニーの周辺に明りが1つ見えた。

 そのあたりが大佐の言っていた合流地点だ。

 

 ホバーバイクの高度と速度を落としてゆっくりと近づいていくと簡易気密テントが展開されていた。5名ほどは入ることができる軍用のものだ。

 識別信号からは機動警察のものであることが判ったため、ホバーバイクを停止させて二重扉から入る。


「ホーク大尉とササキ中尉かね」

 二重扉の先はホール状になっており、野営用の椅子がいくつか置かれていた。

 その人物はニヤリと笑って立ち上がった。


 小さい。

「ワシはファーブル……歴史学者じゃ、今回の任務のためにアサインされておる」

 

 歩み寄ってくる。

 フィールドワークようなのだろうか。作業服のようなよれたつなぎ。背丈は大きくなくササキの胸くらいまでしかない。

 

 ふわっとしたショートカット風の髪型。どうみても10代前半の背の低い少女の姿をしている。ただし肌はシリコンのようなケイ素的な物質で出来ているようだった。


「ファーブル博士ですね、よろしくお願いします」とレナ。

「ウム」彼女は満足そうだ。


 ササキの怪訝そうな視線に気づいたのか、レナは口の動きだけで「後から説明するから」と言った。


「さて、もう1人の退役軍人ベテランとやらはもう探索にいったぞ。まずは腹ごしらえでもしようではないか」とファーブル博士が言う。

「では携帯口糧を……」とレナがバックパックを開けようとするのをファーブルは静止した。


「実は古代の食料で素晴らしいものをみつけたのだ。これを見てほしい」

 彼女・・は小さな透明ケースを取り出した。

 ケースは立方体で中に水分と、白い立方体のようなものが入っているようだった。


「調べたが分子凍結されているようで生ものではあるが全く問題ない。これを食べてみようじゃないか。調味料もあるし」

「ほうほう、何ですかこれは?」


 ファーブルはいたずらっぽい表情を浮かべた。

「植物性のたんぱく質のSH基同士をマグネシウム塩……金属塩を使って結合した便利な食糧ぢゃよ。そこそこカロリーもあるし、申し分なかろう」

 彼女はその白い立方体を取り出し皿にのせると3等分した。


「……つまり豆腐というものぢゃ。金属塩……すなわち、にがりという物質ですりつぶした豆の抽出したタンパク質を凝固させたものぢゃ。古代の知恵が生み出した、豆からできたタンパク質の化合物じゃね」

 豆腐という食べ物の噂はササキも聞いていた。古代人は好んで食していたという。


 さっそく3人は簡易チェアに座って好きな調味料をかけてそのタンパク質の化合物を口に運んだ。思ったよりも豆らしきものの風味が効いており、触感は柔らかいがそれなりの硬さもあった。淡白な味だったため調味料とよく合い……つまり旨かった。


「これはなかなかうまいですね」ササキは素直に本音としてしゃべった。

 ファーブルが笑った。

「古代人の食料の味が分かるとは、この時代に会ってお主なかなかぢゃな」


 レナは若干微妙そうな表情をしていたが、何とか完食したようだった。


 その夜、3人はひとまず眠って体力を回復することにして、各々寝袋に潜り込んだ。ササキがふと就寝前の端末チェックをすると、ファーブル博士についての情報がレナから届いていた。


 曰く、ファーブル博士はもともと100年ほど前まで活躍した優れた歴史学者であり科学者でもあったらしい。ところが不幸な事故で亡くなり、その知識や知能が惜しまれたためAIとして保存されることになった。

 

 しかしその後AIをインストールする際になぜかこの少女型のアンドロイドにインストールされてしまい、その上、奇妙なことにその後何度試しても、この型のアンドロイドにしかインストールできなくなったという。

 

 「ファーブル博士」という人格を持ったこの少女型アンドロイドは世界に13機ほど存在するらしかった。ササキは分かったような分からないような奇妙な感覚に襲われたが、長距離の移動の疲れのためか、一気に眠りに落ちて行ったのだった。


「豆腐」


――材料 (1人分)

分子凍結ケース(豆腐入り)……1個


――作り方

1.ケースを開ける

2.好みで調味料をかける

3.食べる


――コツ・ポイント

賞味期限に注意。分子凍結ケースが壊れていたら腐敗か風化の可能性があります。



 



 

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