第5話 職員のためのキューブ定食

 その日はどんよりとした天気だった。

 放射線混じりの危険な雨が降っており599-AD1258地区の地表には汚れた水溜りがそこら中に出現していた。どうしても外で働く必要のある人間たちは対放射線スーツを着込んで作業していたが、この地区では大半の人間と機械たちは地下農場で働いているのだった。この地区は農場があるために人口そのものは多かった。


 ササキは地下入り口の重く大きく分厚い鉛の扉を開けてもらった。ぎぎぎぎぎ、ときしむような音がして直径20mはありそうな円形の扉がスライドして隙間ができる。ササキは中に入るとホバーバイクを止めてエレベーターに乗った。


 エレベーターで地下農場階層まで行く。

 ここの派出所に届け物があるのだ。

 ササキは地下農場階層はあまり好きではなかった。


 人口の青みがかった光がゆらゆらと揺れ、農場という名前ながらもそこら中金属と蒸気だらけ、肝心の作物は四角い10m四方ほどの強化ガラスの箱の中で、それが上下左右に何百も並んでいるのだった。


 この地区で作成されているのは主にジャガイモだ。

 ササキは一応、職務で立ち寄った際は食事をしていく権利もあるのだが、だいたいはつぶしたジャガイモに塩を振ったものが出てくるのであまり気に入るものではなかった。

 

 ササキはまるで工場のような農場のキャットウォークを進んだ。

 たまに労働者とすれ違う。

 労働者たちは足並みを揃えて5〜6人の集団となって行進していった。


 彼らはカロリーや作業量は完全に管理され休憩や休日の楽しみもAIが分析し個々に最適な形で管理される。

 ササキのような管理階級にある人間はそこまで管理はされないがそのかわり激務で労働時間は不定だ。果たしてどちらがより人間らしいのか。

 

 派出所への届け物はすぐに済んだ。

 あまり中身を見たくないような金属製の施錠されたボックスだ。

 ササキは知らないで済むものは知らないようにしているのが長生きの秘訣だと分かっていた。


 派出所の機動軍警察官は少尉の階級をつけた少しふくよかな青年だった。

 ササキが世間話のつもりでこのあたりの食堂ではいつもジャガイモが出てくるとこぼすと、面白い情報を教えてくれた。


 どうやら工場の中でも管理職級だけが入ることができる幹部食堂があるらしいのだ。そして軍曹以上は入る資格があるそうだ。


 ササキはその幹部食堂に行ってみることにした。

 派出所のある階層よりさらに深く、貫徹型の質量弾攻撃にも耐えられるシェルター階層のようだった。二重扉を再度くぐりエレベーターで地下に向かう。


 その改装は若干開けており、日用品などを配給する店や喫茶店のようなものもあった。そして幹部住居もあるようだ。


 目指す幹部食堂はちょっとした広場の一角で、あろうことか美しい植木で彩られていた。天然物かイミテーションかは判断つかなかったが、もし天然物だとしたら相当な高級品だ。


 扉をくぐるとカウンターと10個ほどのボックス席も壁際に用意されている。どうやら労働者階級でもノルマを早期に達成したものは褒美的に食堂に入ることが許されるらしく、幹部らしき人物たち以外に数名の労働者がいた。

 

 ササキは多少の胸の高鳴りを感じながらボックス席を占領させてもらった。

 ウェイターがすぐに注文をとりに来た。


「肉"系"A定食と魚"系"B定食がありますがどちらになさいますか?」

「系?」

「はい」


 まぁ肉っぽい何かなのだろう。少々がっかりしたが止むを得ない。


「Aで」

「かしこまりました」


 ウェイターは引っ込み、すぐに盆にプレートを乗せて現れた。

「A定食でございます」

「なるほどこういう系か……」


 プレートはよくあるスタイルで主食、主菜、その他に分かれた一体型だ。

 問題はその全てに何らかの立方体が乗っていることだ。


 主食の部分には掌サイズの白い立方体。

 主菜の部分には白よりは大きめの茶色い立方体。

 その他には角砂糖ほどの緑の立方体がいくつか。


 どうみても合成食のキューブだ。

 まぁ以前、発掘した文字の読めない箱に入ったキューブよりは正体が明らかな分マシだ。


 まずは白い立方体をフォークで少し削り口にはこぶ。

「……なるほど米"系"だ」

 ほろりと崩れ、米か何かのような味がする。


 次にササキは茶色の立方体を削って口に運んだ。

 それは微妙な肉の味と脂の味がする肉のような何かだった。

「まぁ合成食にしてはよく出来ている」


 最後に緑の立方体をかじる。

「あれ……美味い」

 

 緑は野菜だと思っていたのだが、フルーツのような爽やかな甘みが効いていた。

 どうやらデザートだったらしい。

 これは当たりだ。


 ササキは空腹だったのもあり、一気に白と茶の立方体を胃に流し込み、最後にゆっくりと味わって緑のキューブを食べた。

 確かにじゃがいもをつぶして塩をふっただけの労働食よりはマシだった。


「なかなかだったな……」

 ササキはもちろんいくつかの定食ボックスをお土産に持ち帰ることも忘れなかったのだった。


――材料 (1人分 A定食)

合成食の立方体(白)……1個

合成食の立方体(茶)……1個

合成食の立方体(緑)……1個


――作り方

1.注文する

2.食べる


――コツ・ポイント

管理職クラスの職位になるかノルマを最速で達成する


――レシピの発見場所

第599-AD1258地区レベル-70階層


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る