第3話 1000年前のウシ肉天然ステーキ
ササキはいつもの通りホバーバイクを飛ばして旧高速道路の赤道路線を東に向かっていた。
道路は広くあわせて20車線にも対応しており、やや細かい制動の苦手なホバーバイクでスピードを出すにはぴったりだった。
赤くぼんやりとした太陽がゆらゆらと前方に見える、ぽっかりと半円状に欠けた山岳の稜線にさしかかって消えていこうとしていた。
「第559-AC3323地区レベル0階層に到達……」
ササキはレコーダーに声を吹き込んだ。
今日ここまでやってきたのは、この地区で地震が起き、新たに何かの建物の遺跡が出土したからだった。
ササキはアクセルをゆるめ、ホバーバイクの速度を落とした。
数十km/hほどの速度でホバーバイクの高度を上げ、高速道路の壁面を乗り越える。
そのまま地上まで数十メートルゆるやかに降りて行った。
そこには地震で広範囲に露出した断層と、その中に熱源反応を示す何らかの遺跡があった。
遺跡はあまり大きくはなかった。
よく遺跡で見かけるスポーツのための競技場くらいだろうか。
「何らかの熱を発しているということは……何か動力が動いているか、冷やしているな」
ササキはホバーバイクで遺跡の周囲をゆっくりと巡り、熱源の位置を特定した。
ホバーバイクを降り、念のため拳銃を手にする。
使い捨てのエネルギーパックを使うタイプの銃で、小型の9mm
ササキは慎重に遺跡の中に入った。
暗い。特に光源はない。
遺跡が朽ちて空いた穴から赤茶けたような頼りない陽光が降り注いでいた。
そのまま通路を抜け、二重扉のようなものを開ける。古い金属製でセンサーの解析によると1000年は経過していると思われた。
(寒い……)
それが第一印象だった。
熱源を感知した部屋は小さかった。
15m四方ほどだろうか。
そして熱源は正確には部屋の外に取り付けられ、内部を冷やしているのだった。
動力は不明だが何らかの事故で時空を超えて送られたものではないのだとしたら、かなり長期間持つタイプのエネルギーなのだろう。1000年以上持つタイプのものは珍しく貴重だった。もしかすると準第一種永久機関かもしれなかった。
そしてササキは目にした。
その部屋からはたくさんの鎖とフックが垂れ下がっており、冷凍された肉塊が多数ぶら下がっている光景を。
センサーが自動で動き判別した。
『1000年経過 零下30度で保存された天然の哺乳綱鯨偶蹄目ウシ科ウシ亜科……種類不明』
ササキは震えた。
何と貴重なものを発見してしまったのか。
培養に依らない天然の生物であるウシを解体して肉にするという、その一部の富豪にしか許されない圧倒的な天然資源が今目の前にある。
――数十分後。
ササキは固形燃料の上の鉄棒に刺さってじゅうじゅうと音を立てるそれを見つめていた。
部位で言うとちょうどロースだろうか。
ササキは万能調味料である塩化ナトリウムを少しふりかけ300gほどに切り取ったソレを冷凍状態から戻しサンプルを取得すべく……固形燃料で串焼きステーキにしていた。
「そうだ。これは貴重な天然資源の試料を採取するためなのだ。また焼いたことによる変化、および経年変化の度合いを確認する。そのためには人間最大のセンサーである舌でその状態を確認せねばなるまい」
という言い訳をしておいて、念のため中心部くらいまで火を通した後、ササキはそれにかぶりついた。
歯を立てた瞬間ただよう香ばしい良い匂い。
塩が肉を引き立て、その噛めば噛むほど味の出てくる感じは合成肉とは全く違った。
「有り体に言うと……美味い……」
十分に噛んでその肉を嚥下する。
喉の奥まで天然の「ウシ」の味がしみこむようだった。
「これは……至福……」
ササキはその余韻をしばし楽しんだ。
固形燃料が爆ぜ、すっかり夜になったこのあたりを僅かに照らし出した。
後日ササキの報告に従い調査達がこの遺跡を丹念に調査した。
その結果、加工食品の工場であることが判明し、ウシだけでなくブタなどの天然肉の資源がさらに発見された。
その規模は数トンにもおよびDNAサンプルの取得にまで成功した。
なお10kgほどの肉が行方不明になっていたとか、ササキが何か大きな保冷容器を抱えていたという話は報告されていない――
――材料 (1人分)
天然牛のロース肉……300g
塩……適量
――作り方
1.肉を固形燃料でやや解凍する
2.塩を振ってなじませる
3.好みの焼き加減まで焼く
4.食べた証拠は隠滅する
――コツ・ポイント
適量を冷凍の肉塊からうまく切り取る
――レシピの発見場所
第559-AC3323地区レベル0階層
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